女体化、とか。(中編)

 俊は、ネット注文で頼んだ電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機を業者が速やかにセッティングして行った部屋を見回し、一人悦に入っていた。
 志望大学に合格してから生協を通して探した物件は新築ではなかったが、小綺麗で、収納スペースも十分の広めの1Kだ。
 ダンボールから荷物を出す作業を再開する前に、一服しようと湯を沸かし、流しの上の棚を開けた。
 そのとき、インスタントコーヒーの瓶の並んでいる青いプラスチック容器に目が止まり、なんとなしに取リ出した。佐野にもらったサプリメントだった。俊はコーヒーを入れると、手にしていた容器を元に戻してベランダに出た。
 俊は仲春の淡い光が降り注ぐ住宅街をぼんやりと見ながら、コーヒーを啜った。陽は暖かいが、風はまだ冷たい。
 あの夏は、なんだったんだろう。と、ふと思う。
 佐野にもらったサプリを飲んだ後、女体化が進み、それを治すためにまた別の薬をもらって飲めば、二ヶ月近くかかったものの、元の体に戻った。
 Aカップはあっただろう乳が平らになり、ミニウィンナーが身のぎっしり詰まったフランクフルト・ソーセージになった。
 その後もごくたまに、体がだるくなると「もしや、また」と不安のうちに眠りの浅い一夜を明かすが、女体化は見られない。
 そんなとき、ホッと安堵しながら「どんだけビビリなんだ」と、俊は自嘲した。
 そういえば佐野、何してんのかな。
 自分を故意ではないにしろ、トラブルに巻き込んだ養護教員の余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な顔が浮かぶと、憎たらしいというより懐かしさを感じた。
 いや、もう会わねえし。
 言い聞かせるように胸で呟いた俊のうなじを、風が撫でていく。
「さむ」
 俊は悪寒にぶるりと体を震わせると、部屋に入った。夜になると、微熱が出た。これも佐野のせいだと思った。あいつのことを思い出したからだ。奴に少しでも関わると、ほんと、ロクなことがないな。俊はうどんを食べて、早々に布団に潜り込んだ。

 熱は翌朝になっても続いていた。さらに半端ない倦怠感もあり、寝返りを打つのさえ億劫だ。
「だり……」
 枕元のスマホを見ると、すでに正午に近かった。だるいが腹は減っている。しかし、昨日きたばかりの冷蔵庫は空っぽだ。
 アパートのある東京の果てまで足を運んでくれるような奴を電話帳で探したが、皆、卒業旅行中か、帰省中、またはバイトだった。
 仕方なく重い体を起こし、そのまま汗で湿ったTシャツを脱いだ。ぶるん、と胸が揺れる感触に、視線が落ちた。布団をはねのけて、尻を浮かせてトランクスを一気に下げる。
 ーー無い。ただそこにあるのは、黒い平原。
「………………」
 一度、強制終了された思考が再起動してからさらに三秒後、俊は佐野に電話していた。
「お前か。なんだ」
 あまりの素っ気ない声に、電話した自分を後悔した。それでも、自分に起こった変調を相談できるのは佐野だけだ。俊は話そうとして、しかし、どう切り出せばいいかわからず、慌てた。
 思ったより自分は相当パニクってるらしい。落ち着け、と息を吸ったとき、耳に当てた電話が言った。
「女体化、とか?」
 俊は吸った息をそのまま止めた。
「なん……で」
「俺を嫌いなお前が電話するなんて、そんなことだろーがよ。いいとこ受かっても、頭悪いな」
 絶句している俊を無視して佐野は続けた。
「まー、すぐそっちに行ってやるよ。住所送れ」
「えっ、俺がそっちに……」
 俊の言葉を忍び笑いが遮った。
「出て来られるなら、な?」

 *

 佐野の来訪を知らせるチャイムが、俊の耳にはまるで天国の鐘の音のように聞こえた。
「何、髪茶色にして。大学デビューとか、ダッセ」
 挨拶もなしで、佐野の開口一番がこれだ。俊はドアを閉じかけた手を持ちうる最大限の精神力で引き戻した。
 割と広めの部屋も、佐野が入ってくると狭く感じる。そして、早速そこは一気に俺様傲慢オーラで満たされた。
「はい、じゃあ早速診察しましょう」
 佐野は「お茶でも」、と言う俊を制して服を脱ぐように言った。
 その時をできるだけ引き伸ばしたかったが、やはりこの相手には小細工は通用しないようだ。佐野が手を洗っている間に、俊はのろのろとスウェットを脱いで全裸になると、ベッドに仰向けになった。
 さすがの佐野も、俊の「女体化」を久々に目にし、驚いているようだった。
「お前、昨日の昼は普通だったんだよな? 一晩でこれって、どんだけ発育いいんだよ……」
 やっと欲した言葉も、そのあとが続かないようで、腕を組んだまま見下ろしている。
 当然だ。自分でも信じられないほど、去年の夏よりも女体化は顕著だった。
 仰向けになっても形の崩れない乳は、余裕でBカップはありそうだ。緩やかにくびれた腰、丸く豊かな尻。脚はまだうっすらと筋肉質だが、それでも女性アスリートくらいまで女体化している。
「あの、まー、とりあえず、触るんで……」
 なんか、いきなり態度変わってねえか? 俊がそう思ったのもつかの間、佐野の手が乳房を優しく包むと、それだけで「あっ」と声が出てしまった。
「感度いいな。最初の時もそう思ったけど」
「ち、ちげーよ。驚いただけだ……っん!」
 佐野はそのまま、両方の乳房の裾野からすくい上げ、まるで感触を味わうようにヤワヤワと揉みしだく。
「あー、小さいけど、柔らかい。お前、最初の時もそんなこと言ってたな。乳首も小さめだけど、いい色だ。外見ほど遊んでない?」
「う……るせ……って。そこ、つまむ、なっ……」
 触られ始めてから、どくどくと激しく鳴っている心音と重なって、体内が今までにないほど疼いていた。佐野が体を下にずらし、俊が抵抗するよりも早く、両膝を掴んで左右に割り広げた。
「ちょ、待て……!」
 慌てて体を起こしかけたが、その瞬間、なんの前触れもなく陰核を撫でられ、力が抜けてしまう。
「あーあ、ちんぽ……ってより立派なクリトリスだな。すげ、ヒダヒダがある」
 佐野は股間に顔を近づけて、さわさわと陰毛を撫でたり、襞を引っ張ったり、まだ剥けていないクリトリスを皮の上からこね回した。
「立派って、なんだよ……っん……無駄に、いじるなよ……」 
 男に触られて喜ぶ趣味はないーー。そう言い聞かせても、触れられている場所から染み入る淡い刺激は、確実に俊の理性を崩していく。
「触んなきゃどれくらい進んでるかわかんねえだろ。進行具合で処置の仕方も違ってくるんだし、ほら、脚広げてちゃんとナカ見せろよ」
 一瞬、繊毛を指でつままれたあと、生の割れ目を両手の親指で割られた。無遠慮に覗き込まれ、恥ずかしさに顔から火が出そうだ。
「すげえ、ピンク色だ。さすがに処女のここは綺麗だな」
「説明いらねえよ。顔近い」
 息がかかって、ナカがなんだかじくじくする。やめてくれと、意思表示のつもりで身じろぎしたが、佐野は止めるどころか、今度はクリトリスの皮を上に引っ張り上げた。熱い息がかかるだけで、剥かれて敏感になったそこはジンジンと痺れる。
「女の匂いがする」
 もう、限界だ。俊は佐野の頭を押しのけたが、相手は動じず、クリトリスを上下に扱くように、そっと刺激を送ってくる。
「ぁ……か、嗅ぐなよ。……っもう、わかっただろっ。い、いい……加減に、どいてくれ……よ」
 ゆるゆると、もどかしく感じるほどの力加減でしごかれ、元ペニスがだんだん硬くなるのを自覚した。
(やば……。なんか、普通に、気持ちいいかも……)
 勃ち上がった乳首がきりきりと張り、浅ましいくらい愛撫を求めている。俊の両手が乳房を揉みしだきたくてうずうずしていたが、その欲求を必死でこらえた。
 保健室では恐ろしいほど察しのいい佐野だった。だが、今はわざととぼけているのかと思うほど、まったりとクリトリスを弄んでいる。
「おい……。お前、少し濡れてるんじゃねえ?」
「っんな、わけ………ねっ……んっぁ……」
 佐野はいきなりしゃぶりついた。そのまま、女相手に口づけを交わすように、襞の間で大胆に舌を躍らせる。
 ぴちゃぴちゃ……。
 わざと水音を高く立てながら舐められ、自分がどれだけ濡れていたかを嫌でも思い知らされる。体がかっと熱くなった。もう、これ以上辱められるのは耐えられない。
「や、やめろ……っ、なに、してる……っ」
「深さ調べてんの」
 くぐもった声が股間に響いた。
 止めてほしい。それは本心にもかかわらず、佐野の声の響きにクリトリスは感応し、腰がヒクついた。
 抵抗して脚を閉じようにも、内腿に置かれた手は強く、俊の好きにさせない。
 相手は夢中で吸い、舌を奥深く差し入れようと努めた。
 初めて男に淫部を舐められるという行為は、心地よい愛撫と呼べるようなものでは決してなかった。それでも、俊は感じていた。体が、心を裏切っている。認めたくはなかったが、頭がぼうっとして来て、ハアハアと息は乱れ、佐野の舌を、気持ちいい居場所へ誘うように不器用に腰が動いていた。ぬるっとした舌が割れ目の中で軟体動物のように身を踊らせている。それは、今まで味わったことのない快感だった。
「どんどん、溢れてくる。お前、相当インランなんだな」
「ち、ちがっ……初めて、で……っ」
 我に返り、俊は顔を上げて両手で股の間に埋まる佐野の頭を再度、押し返した。だが、額に当たる手を、さらに押しもどすように佐野は割れ目に吸い付いている唇に力を込め、ジュルルッという音が響くほど俊の体液を吸い上げた。
「ぁあんっ……」
 内腿を震わせた俊の、相手を押しのけようとしていた手から力が抜ける。すると、佐野は顔を上げて濡れた唇をニヤリと歪めた。
「ほら、自分で脚を広げておかないと、気持ちよくしてやれないぜ? インランはインランらしく、ありがたく感じてろ」
 所詮、自分の心も体も、今後の運命も、薬を渡された瞬間から全てこの男の手に委ねられているのだ。
 それを認めると、諦めた俊は膝裏に両手をあてがい、自ら股間を晒した。
「素直だな。じゃあ、たっぷり可愛がってやるな」
「あうっ……」
 舌先が襞の間を割り、ぬるりと潜ってくる。ピチャピチャと妖しい水音が俊の聴覚を犯す。男に舐められ、しとどに溢れさせる自分はインランだと責められているのだと知ると、俊は打ちのめされた。
 その心の傷をいたわるように、襞の内側で濡れた柔らかな舌が緩慢に円を描く。無防備な皮膚の表面をちろちろと生暖かい舌が往復する。その度に、甘いさざ波が打ち寄せてくる。こんな愛撫を受けるのは初めてだった。力強い舌が、さらに深く挿入してくる。
「あっ……、あっ、そこ……、やぁ……」
 さっきよりも激しくかき混ぜられ、甘い性感に下腹が痺れた。堪えようとしても、自分の耳を疑うような鼻にかかった甘い声が漏れてしまう。佐野の、言葉とは裏腹な優しい舌の動きに合わせ、媚びるように腰が浮く。
 ーーもっと。もっと……。
 やっと、俊の気持ちを読んだかのように、佐野の舌使いが荒くなる。唾液と粘液で濡れた舌は肥大したクリトリスに絡みついた。
「ひう……んっ!!」
 かつてペニスだったものをクニクニと軽く転がされただけで、峻烈な快感が四肢を走り抜けた。トロッと溢れた蜜が、尻肉の間に垂れ落ちるのがわかった。
「お前の、今までヤッた女の中で一番うまいよ」
「そんな、こと……言うなぁっ……」
 佐野が他の女とセックスしているところが頭によぎると、なぜか胸の奥が切なくなった。
(なんなんだ。こんな変態に嫉妬かよ? 俺、どうなっちゃったんだよ)
「マジで。もっと飲みたくなる。て言うか、もっと飲ませろ」
 たった今、哀切に締め付けられた胸が、今度はじんと熱くなる。
「お、膣がびくびくってしたぜ。なんだよ、そんなことで喜ぶなよ、そこらへんのヤリマンより全然可愛いな、お前」
「そんな、比べるな……」
「悪い」
 意外と真剣な声音に、俊は頭を上げかけたが、その瞬間、ジュルルルっとクリトリスを強く吸い立てられ、体を弾かせた。そのまま尖った舌先で突起を扱き上げられた。自分でオナニーをしていた時の快感とは桁違いの刺激を断続的に与えられ、俊は喉を震わせ、喘いだ。
「あ、イイっ……そこ、もっと、舐めて……」
 たまらずに哀願すれば、佐野はすぐに応えた。
 れろっ、れろ、れろっ……ひちゃ、ぴちゃぴちゃっ……。深い位置まで差し込んだと思うと、表面をくすぐるように舐め上げてくる。俊はシーツを握り込み、左右に首を振り立てた。ざらつく舌で膣粘膜を舐めまわされて、一気に愉悦の波が盛り上がった。
「あっ、いくっ……、いっちゃう、あっ、あ、ぁ、あっ……」
 オルガスムスの恍惚が意識を白くさせた。畳み掛けるような快感に、強く瞑った目の奥で艶やかな火花が散った。
「ぁ、あっ、やぁっ、や、やっ……あ、はぁああっ!」
 体がつま先までピンと硬直し、絶頂の波が全身を二度三度と駆け抜けた。ビクンビクンと腰を震わせ、エクスタシーの波に散々揉まれ、落とされた。
「ま、今日はこんなところだな。とにかく苦しいのは治っただろ」
 ぐったりとベッドに横になった俊は、まだ浅い呼吸を繰り返すだけで、何も返せない。だが、あの不快な倦怠感が消えていたのは事実だった。
「俺のクンニ、そんなに良かったか。とりあえずこの薬飲んで寝ろ。ちゃんと効けば明日にはすっきり、問題解決してるからさ」
「……信じらんねえ」
 やっとそれだけ言った。声が、掠れていた。
「じゃ、飲まなきゃいいじゃん。そしたら、俺もう面倒見ねえからな。飲むなら、俺今晩泊まってってやるわ。て言うか、こんなど田舎、何度も来るほど暇じゃねえし」
 女体化した体で散々遊んだ上、完全に自分を見下しているその物言いに憤懣やるかたなかったが、頼みの綱は佐野だけだ。
 俊は薄笑いを浮かべる相手を睨みながら、水のグラスと錠剤を受け取った。

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