秘密の花園 2

 全てを投げ出したのは兄のほうだった。こんなに頼りない兄を見るのは初めてだった。

 可愛い。侑兄は本当に困っている……。困っている人は助けてあげなきゃいけない。

 侑兄は、私しか助けてあげられない。

 兄の肩に顔を埋める。温かい。こんなときでも人の体温て安心する。シャツから、兄の匂い。

「いいよ……」

 とく、とくとくと、心臓がうるさい。でもこれは侑兄のほうかもしれない。ずいぶん間があったように思えたけど、そうでもなかったかもしれない。私の腰に軽く置かれていただけの手がするりと巻き付き、体を引き寄せた。

 それが合図のように私は腕の力を緩めて兄の体から少し顔を離して彼を見た。迷いの無い眼差しに会う。

「ほんとうに、いいんだね………」

 尋ねるというよりも自分に言い聞かせるような響きだった。

「あ……、」

 兄は私の答えなんか待たずに片手で私の顎を軽く掴んでキスをした。

 キスってなんでこんなに気持ちがいいんだろう。唇が食べられるって知らなかった。唇は軽く食まれて、舌は絡まれ、歯を立てられる。

 口の中を行き交うくにゅりとした感触が気持ち良くて私も彼の舌と戯れる。上になって、下になって、自分のか兄のかわからないくらい忙しく、ちゅくちゅくと音を立てながらキスを交わしていると、やがて口の端から流れた唾液を彼は顎から舐め上げた。

 その頃には私は体から完全に力が抜け、かろうじて兄の首にぶら下がっていた。

 そんな私を兄は腕を外して後ろから抱きすくめた。

「比和、好きだ……」

 うなじに埋まった唇に声はくぐもる。それだけでも兄が直接触れている所が発熱する。

「うん……私も」

 好き。

「ゆうにい、好き」

「可愛い比和……僕の」

 兄の手は器用にブラウスのボタンを外して迷わずブラの中に滑り込む。

 冷たい手に、一瞬体が強張る。その動きに、彼がまだ何かに耐えているのがわかる。

 うなじに舌を這わせて甘噛みし、耳たぶをしゃぶりながら彼の両手は、胸を、お腹を、太腿をそれこそ手当たり次第に体をまさぐる。まるで何かを探しているように。私はくすぐったくて体をよじる。

「……っはぁ」

「比和、感度良過ぎ」

「くすぐったいんだもん……」

 そうか、と笑う気配。そしてまた首を甘噛みされた。何度も、何度も。たくし上げたブラから露になった乳房に落ち着いた手は、緊張をほぐすようにやんわりと膨らみを揉み始める。

 兄の顔が見えないのは寂しいけど、今の自分の顔を見られるのはもっと恥ずかしいかもしれない。

「ち、小さいよね、私の……」

 体の奥からふつふつと沸き上がってくる何かに頭の奥が痺れはじめ、舌がうまく回らない。

「ううん、丁度いい。その年でもっと大きかったら逆に引く……ほら、ここ小さくても、もう硬くなってる……」

 両方の乳房をすくい上げられて、やさしくきゅっと先っぽをつままれる。

「あんっ」

 びくんと背中が弓なりになる。

「ほらね、敏感で、僕は好きだ」

 柔らかな手の動きにぼーっとなり、薄くなりつつある意識の片隅で、ネクタイ邪魔じゃないかな、なんて思う。彼が膝を開くと、私の膝もつられて開く。広がったスカートの下に潜り込んだ手はゆっくりとお臍の下を撫でている。

 そして中指が下着の中心を軽く押すように抑えた。

「なんで、ここ湿ってるの」

 侑兄は耳たぶを口に含みながら聞く。そんなことされると、お腹の奥がじんとする。

「わ、わかんないよ……」

 下着の縁から静かに侵入した指は、行儀よく襞の内側を上下に滑っている。

 その規則正しい動きに反して、私の呼吸が乱れ始める。

 入り口を撫でていた指は、動きを止めずにゆっくりと中に身を沈めた。

 相変わらず後ろから片手で胸を大きく揉まれ、時折乳首を弾かれ、私の口から絶え間なくため息まじりの声が漏れる。

「やだ……ゆうにぃ……変だよぉ……」

 だんだん強く打ち寄せてくるものに耐えるように彼の体に背中を押し付ける。

 それは私を甘く揺さぶるのに、やがて飲まれる恐怖のほうが強い。くちゅくちゅと、小さな水音が耳を打つ。それが何か、もう知っている。

「やだ、だめ……やだってばぁ……」

「やじゃないだろ。すごく濡れてるよ? これ、脱がせてあげるよ。これ以上濡れたら帰り、困るでしょ。ほら、立って」

 侑兄は私を彼の前に立たせ、屈んで小さな水色のショーツをするすると下ろして足から抜いた。足を上げる時、少しふらついた。

 兄は私を机に押し付ける。お尻を突き出すような格好をさせられ、恥ずかしさで一気に体が火照った。

「あ……やっ!」

 スカートがめくられるとむき出しのお尻を風が撫でた。

「いい眺め……」

「もう、やめて……」

 スカートを直そうと後ろに手を持って行くと、手首をやんわりと捕まれ、阻止された。

「これからなんだよ、比和」

 顔は見えなかったけど、声は諭すようにも、同情しているようにも聞こえた。

「あ……はぁっ……」

 舌が私の中でもがく。ねっとりと絡み付くような動きに、頭の芯もとろけてしまいそう。

 さっきからずっと時間をかけて兄は脚の間に顔を埋めている。太腿に、体液が流れてそこだけ燃えた肌を冷やす。

 断続的にぴちょ、ぴちょと音が響く。

 捕えられて、甘い愛撫で体の自由を奪われ、逃げることなんて考えていないのに、逃げ道を探すように視線が教室を巡る。

 見下ろすミロのヴィーナスと目が合った。見られている。

 冷たい石膏胸像にじっと見つめられて、体の芯はさらに熱を持つ。もの言わぬ胸像に対して羞恥心を抱くくらい、私はまだ初心だった。

「あっ……はぁあ……ン……やあっ、やぁあ」

 兄が一番敏感な所を包むように嘗めている。時には押すように、舌のざらざらで強く擦られると、瞼を閉じても目眩が止まらない。びくびくとそこが勝手に震える。

「ゆうにい、ゆうにぃ……やだ、やだあ、ああっ……あ——っ」

 大きなうねりが体を突き抜けると、四肢の先に痺れを感じた。

「よかった……比和、気持ちよかったんだね」

 兄は私の頭を撫でた。そしてベルトを外す金具の音。

 兄はぐっと片手で持ち上げるようにお尻を開いた。そのまま自分の硬くなったものを当て、ゆっくりと腰を前後させながら入り込んできた。

「あっ……つ……」

「痛い?」

 私の上に伸しかかって、まだ全部入ってないんだけど、と付け加えた。

「ぅん……くるしい……」

「いい子だからもう少し、ガマンして。比和の、狭いからさ……でも、すごく、いい……」

「いい……?」

 うん、すごく……。そう言いながら彼はまたずぶりと侵入して来た。

 ゆっくりと、中を擦られる感覚にぞわっと背中が粟立った。

「ひぁ……っ」

 ぐっと、奥を突かれると思わず声が出た。おなかがいっぱい……。

「大丈夫? もう入った……ひくひくしてる」

 私の後ろでしゅるりと衣擦れの音がした。

「さっきみたいに声が出るとまずいから、ネクタイ噛んで。僕、途中でやめられないから」

「え……?」

 兄の顔を見ようと首を少しひねった所を、彼が私のネクタイを口に押し込んだ。そして両手で私のお尻を掴むと、ゆっくり、でも一定のリズムで動き出した。それはとても滑らかだった。

 入っているところがまだ引きつるような感じがあったけど、最初に比べたら我慢が出来た。

 黒板横に飾られた一枚の絵が目に滲んでいる。紺の地に様々な色のキューブが小さくなったり大きくなったり目まぐるしく動いていた。

 体を揺すられながら、それを見ているうちに兄の動きに加速がつき、苦しくて瞼を閉じた。瞼を閉じた後にも色は消えずに、渦巻き、瞬いた。

「んっ…………んっ……ん」

 この間とは全然違う……激しくて。

 いっぱい擦れてじんじんと痛いけど、身を裂くような痛みじゃない。痛い、というよりも苦しくて、痺れて。侑兄、いっぱい動いて。打ち付けて……。

「んっ……んぅ……」

 激しさに煽れても私はネクタイを噛むことしか出来ない。

 ぐちゅぐちゅと聞き慣れない湿った音が、絶えず耳を刺激する。

 その音に、とてもいやらしいことをしているのだと思い知らされ、子宮の辺りがきゅんと疼く。

「は……ぁっ……比和、すごい……締め付けて……はぁっ……あ………っ」

 兄は苦しそうに喘ぎながら言葉を吐き出すと、彼のものを私の奥にしたたか叩き込んだ。

「くぅっ……」

 喉の奥で彼は小さく唸り、急に私の中が空っぽになった。そして、背中にずっしりと彼の重み。はあ、はあと、浅い呼吸は私の耳をくすぐった。

 もう少しで、もう少し、欲しかったのに。

 まだ何かが足りない。彼が突然中からいなくなった時には迷い子になったような孤独を一瞬味わった。もっと、ちゃんと欲しいのに……。

 兄はハンカチで私の溢れたものを拭い、再びショーツを穿かせた。濡れた所が冷たくて気持ち悪かった。

 私は椅子に座わって、まだぼーっとする頭で、兄が床に散った彼の体液を雑巾で拭き取るのを見ていた。

 ネクタイの先が湿って、かたちが崩れていた。

 兄は手を洗って美術室に戻って来ると、私を抱きしめながら囁いた。

「仁が帰ってくる前に、もう一回やらせて」

 侑兄は私の前では、盛りのついた一人の男子校生になった。

「家に帰ろうか」

 彼がふわりと笑い、差し伸べる手を私はそっと握る。

 夏休み中はバイトの人数が増えるからと、母親は普段よりは家にいることが多かった。

 そして久々に家族が夕餉に揃った。

 隆兄が家にいるからか、父も早めに仕事を切り上げて家族全員が食卓を囲む日が何日かあった。兄と父はビールを開け、私たちは彼らの枝豆を横からつまんだ。

 冷しゃぶにエビチリ、ミートローフや水菜のサラダ、手巻き寿司。トマトと茄子のカルパッチョ、湯葉の刺身、グリーンカレーにラタトゥイユ、シーザーサラダ。

 手の込んでいるものもそうでないものも、若い男三人を相手におかず争奪戦に奮闘した。父も母もそんな私たちを宥めて。

 酢豚が出ると、パイナップルが苦手な仁兄は左側から勝手に私の皿にそれを放り込むし、私のパイナップル好きを知っている右側の侑兄は自分の分から私の皿へお裾分けしてくれた。

パイナップルだらけの皿を見た隆兄は『おまえの皿は酢豚というより、パイナップルの酢豚風じゃねーか』と笑った。

 兄とセックスをしてから、その実感が伴うにつれて、恐怖の殻がぱらぱらと剥がれていった。新しい世界に心浮き立ち、そわそわと落ち着きを失っていたのが目立ったのだろう。

 そんな私と裏腹に、侑兄は持ち前の慎重さに輪をかけて注意深くなった。そしてひとつの条件を出した。

 家族が一人でも家にいる時には、僕の部屋に来ないこと。

 もはやただの兄と妹の関係ではなくなった私たちが、そのコンディションを保つためにそれは必要不可欠であったけれど、たったそれだけのことなのに、私にはかなり過酷な条件だった。

『今までだって部屋を行き来していたのに』私が頬を膨らますと、侑兄は歯切れ悪く『僕がつい手を出しちゃうだろ』と言った。

 壁一枚隔てて兄がいる。その距離で兄に触れられないのは拷問に近いものがあった。

 ベッドの中でひとり眠りに落ちる前は彼の体温が狂おしい程に恋しかった。

 まだ目の見えぬ生まれたての子犬がその母犬のお腹に鼻を押し付けるように、兄の腕の中に潜り込みたかった。温かい舌の愛撫が欲しかった。

 居間やキッチン——公共の場——で兄に抱きついたり、ぴたりと寄り添ってテレビを見るのは特に問題とされなかった。というのは侑兄の私への過保護ぶりは昔から家族の知れたところだったし、そんな兄に甘えていた私にそれは茶飯事のことだったからだ。

 そういうわけで、兄とのスキンシップはせいぜいテレビを見ている間の膝枕、がギリギリのラインだった。

 後に『膝枕禁止令も出したほうがいいかも、僕がもたない』と言われることになったけど。

 隆兄が大学のある自分のアパートに帰ってしまい、朝早く母が仕事に出て仁が部活に行ってしまうと、家には私たち二人の時間が待っていた。

 休みに入ってからジョギングをさぼりがちの侑兄は、私が朝食を食べ終わってもまだ起きてこない。

 だから彼の寝込みを奇襲する。侑は「もう少し寝かせて」といいながら強い力で私を布団の中に監禁する。彼は一時、私の髪に鼻を埋めたり耳を噛んだり、胸を揉んだりしているけれど、本当にまた眠ってしまう。そして私もいつの間にか寝てしまう。侑兄の匂いと温もりは即効性の誘眠剤。

 起きると宿題をし、お昼を一緒に食べ(侑兄にとって朝食)、どうぶつしょうぎをする。

 始めは私もまともに駒を動かしているけど、結局途中で負けそうになると侑兄の駒を拾っては彼に投げつける。

 やめろと言っても聞かない私を止めるために、彼は私に馬乗りになる。床の上で私の手を押さえる腕に噛み付けば、侑兄は顔を歪めながら「僕以外にそんなことしちゃいけない」とたしなめ、大人しくなった私の体を剝いて、嘗めて、入れて、動いて、果てた。

「私ね、侑兄に口でされるとすごく気持ちいいって思うの。『イク』のね。でも、入れるとね、嫌じゃないんだけど……それほどでもないの、えっと、『イカ』ないの。私、不感症なのかな?」

 私がそんなことを言い出して、侑が軽蔑するんじゃないかと不安でどきどきした。

 家には誰もいない。外は雨が降っていて蒸し暑かった。

 食後に、クーラーを効かせた侑兄の部屋でセックスをし、いつものように裸で抱き合っていた。

 シングルベッドだから体を半分重ねるように、侑兄の腕枕。侑兄は私がいきなり変な話を持ち出しても馬鹿にしない。ただ、私のお尻をするりと撫でた。

「ごめん、比和が不感症とかじゃなくて、それは僕が早いからだよ」兄はさらりと私の疑問に答え、「童貞だったし、比和の中、気持ちよすぎるし」と付け加えた。

 ぴたりとつけた耳の下で兄の腕の骨がきしきしと鳴った。侑兄は、首を少し捻って私の額に唇を押し付けた。

「まだ自分を抑えられなくて。比和の中で。きっと一度に何回もやれば僕も持つと思うんだけど、昼過ぎには仁が帰って来るだろ。でも大丈夫。僕も慣れて来たし、今度からはちゃんと比和をたくさんイカせてあげるよ」

 侑兄は約束を守る人だ。従ってそれは数日後にきちんと果たされた。

 それは、とにかくすごかった。一緒に『イッた』兄を少し驚かせるくらい。

 それから、私たちはセックスにさらに貪欲になった。それ無しでは息が出来ないくらいに。

 忘れられない夏。かけがえの無い夏。

 食べたアイスの数と侑兄としたセックスの数はたぶん、同じくらい。

 密度の濃い夏休みが終わって始めての美術の時間。

 始業のチャイムが鳴る前に、美術室の黒板横に飾られた絵を見て躰の芯が疼く。私は絵をじっくり見た。地味に尽きる。

 まず周囲が暗い。それでも色とりどりの歪んだキューブが寄り添う真ん中辺りが、スッキリと明るくなっている。プリズムから発光した光をキャンバスの中心で受け止めたような……。そこから何か生まれて来そうな予感がした。この絵と、ミロのビーナスは私の秘密を知っている。

 そう思うと、私のほうでも絵の作者を知りたくなった。

「センセー、この絵、誰の絵?」

 すぐ横で、美術雑誌を見ていた有馬先生は顔だけ捻って絵を見上げた。

「あぁ、それねパウル・クレー。『花ひらいて』よ。好きだったら、図書館に彼の画集があるわ」

 ふうん、クレー……タイトルも私の気に入った。花ひらいて。

 絵の中の花は枯れることは無い。私の中でひらいた花も。

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