勝負の行方 1

 夏休み前の土曜日。

 ぽってりした雲が点々と薄水色の空に浮かんでいた。普通なら京でも誘って買い物や映画にでも行くのが普通だけど期末試験前とあってはそうも言ってられない。

 私は朝ご飯の後、パイル地のホットパンツと、ユニオンジャックのティーシャツに着替えた。洗濯物を庭に干してから部屋で学生らしく教科書とノートを広げる。母は仕事に出ていた。侑兄も試験勉強に励んでいる。努力無しの優等生はいないのだ。とはいえ、仁も侑も、一度読んだら覚えるタイプだっていうから羨ましい。

 カラリと暑い昼下がりの風がレモンイエローのカーテンを揺らす。

 家の中はしんとしていて、時折外から近所の子供の声が聞こえてくるくらいだ。

 かなり勉強がはかどったところで、時計を見ると十五時過ぎだった。おやつにしようと、冷蔵庫にあったプリンを思い出したところに、ノックの後、侑兄が入って来た。

「プリン持って来たけど食べる? 休憩もちゃんととった方が効率上がるよ」

「うわ、侑兄すごい。今プリンのこと考えてたんだよね」

 私は嬉々として兄の手からそれを奪い、早速ベッドに寄りかかってスプーンをくわえながら蓋を開けた。兄も隣に来て二人並んでプリンを食べる。私は膝を立て、兄は脚を伸ばして。

 ジーンズから出た彼の足は素足で、甲に骨が扇子のように綺麗に浮き出ている。その骨に繋がる指もかたちよく並んでいる。

「侑兄の足の指長いね。猿みたい」

「猿はないだろ。あ、そうだ。母さんが今日通しで仕事だって。バイトが一人ブッチしたらしいよ」

「えー、大迷惑だよね。お母さんかわいそー」

「ほんとだよな。夕飯適当に用意しておこうな」

「うん。でもいいなー、ケータイ。私も欲しい。高校生になるまでダメって、不公平過ぎる。クラスの半分は持ってるのに」

「比和にはまだ早いって。どうせロクなことに使わない。ゲームばっかりしたりさ」

「それひどい。あーあ、早く高校生になりたい」

 そんなに生き急がなくてもいいだろ、と言う兄の手から空になったカップを受け取り、一緒に机に置いた。そのときふと、彼が持って来た箱に目が行った。

「ああ、これ? どうぶつしょうぎ。ちょっと頭の体操にやらない? 駒は四つしか無いけど結構難しいらしい。小出が貸してくれたんだ」

「あー、小出君。将棋ねえ……でも、私、これ以上頭使うと勉強したこと忘れちゃう」

「な、わけないだろ。まあ、とりあえずやってみようよ」

 頭を付き合わせるように、盤を挟んでライオン、ゾウ、キリン、ヒヨコの駒を指定の位置に置いた。

 ルールはものすごく簡単だった。オセロでも神経衰弱でも負けてばかりの私だけど、これなら勝てそう。と、思ったのは束の間、開始後すぐに私が侑兄のヒヨコを取っただけで次の手に詰まってしまう。侑兄のキリンがまたひとつ、私の陣地に近づいた。

「うっ、そう来た……そういえば仁兄は試験前だってのに部活なんかでて余裕だね。それだって自主練でしょう」

 私のゾウがここに来たら、侑兄はこうくるでしょ……、ヒヨコを使ったら……盤の上を目だけでシュミレーションをする。

「まあ、あいつはインターハイ近いから少しでも走ってないと、逆に勉強に実が入らないんじゃない?」

「侑兄も毎朝走ってるくらいなら、美術部辞めて陸上部に入ればいいのに」

「僕が? 嫌だ。家でも学校でも仁と一緒で、なんで部活まで一緒じゃなきゃいけないんだ。それにあいつだって嫌がる」

「そうなの? 仲悪いの? 普通に話してるじゃない」

「別に、仲悪くなるほど仲いいわけでもないな。あいつが僕のこと嫌っていると思う」

「どうして?」

「わからない?」

「ぜんぜん」

「それなら気にすること無いよ」

 はい、キリン取った。兄の長い指は私のキリンをつまんでいってしまった。

「あ! ひどっ! えー、なにそれ気になる。ていうか私の方が仁兄にとってエネミーだと思うけど。いつも相手にされない」

「比和は気にしないでいい。さ、早く次の手」

「んんん……勝ち目無いっぽい……だって……ゾウをここに置いたら、絶対ライオンに食べられちゃうでしょ……」

「わからないよ。食べられてみないと。案外勝つかもよ。試しに食べられちゃえば」

 突然、ゆらりと盤を見る視界が揺れた。目眩? のぼせた? 違う、床に着いた手の平から揺れが伝わってくる。

「地震だ……」

 視線を上げると侑兄が緊張した顔で私を見ていた。ぱたん、と机の上のフォトフレームが倒れた。

「比和は机の下に」

 彼は短く言い、私はその声に押されるように椅子をどけて机の下に潜り込んだ。侑兄は部屋のドアを開けると、やはり私の横に窮屈そうに体を畳んで入った。

「さすがにきついな。比和、こっち来て」

 脚の間に抱かれるように収まる。

 あ、昔こんなことあったな……と思いながらも揺れが気になり、神経を尖らせる。

 細かくゆらゆらと揺れ、それは大きくなっている気がする。みし、と天井が鳴る。本棚のCDがばらばらと落ちた。

「揺れてるよ……こわい」

「僕がいるから」

 侑兄は体に回した腕に力を込める。私はその腕にしがみつく。

 外から「わあ、地震だ」と高い声が聞こえた。

 やっと揺れが治まっても、私たちは机の下でじっとしていた。そろそろ出てもいいだろうと侑兄に声をかける。彼の腕の力がまだ緩まないからだ。

「侑兄? もう大丈夫みたいだよ」

「あ、ああ、やっと治まったみたいだな」

 腕を解かれ、私は机から這い出した。侑兄も怖かったのかな、なんて頭の隅で思う。下、見てくる、と兄は出て行った。床に落ちたCDを拾い、元の場所に収める。

「大丈夫だったよ。電話は繋がらなかったけど、母さんの携帯に無事だってメールはしておいた」

 戻ってきた彼はドアを閉め、ベッドに腰掛けて手招きする。私はその隣に落ち着いた。

「あんなに揺れたのは久々だな」

「うん。怖かったけど、侑兄がいたから平気だったよ」

「僕はいつでも比和の側にいる……」

 気配の濃さに横を向くと兄の顔が近くて、あれ、と思った時には唇が重なっていた。ヤダ……力任せに肩を押し返したが、その手は掴まれてそのまま彼の体ごと押し倒された。

 押し付けられる唇にいやいやと頭を振って逃げるとやっと顔が離れたが、ベッドに縫い付けられた手は解かれない。

 彼は前髪の隙間から、何も言えない私を見下ろす。

「比和の処女、僕がもらうから」 

 冗談だと思った。なに言って……という言葉は、首を噛まれた瞬間に消えた。

 スマートな侑兄は今や大きな黒い影になって私に伸しかかり、暴れる脚の間に無理矢理体を割り込ませる。

 普段の優しさなんて欠片も無い。

「やだっ! やめて! 侑兄、放して! 変だよ。兄妹なのに。おかしいよ!」

「おかしくない。僕は比和が好きだから、おかしくなんかない。諦めて。僕はやめないから。声を出したかったら出せばいい。誰も来ないよ」

 胸を波打たせて抵抗する私の耳元で低く、でもはっきりと言うと耳たぶを軽く噛み、口に含んだ。

「や……やめてよ……っ」

 兄は答えず、耳たぶをしゃぶり、舌で縁をなぞる。耳の奥に濡れた音が響くと、鳥肌が立った。気持ちが悪かった。

 彼が私を組み敷く力、そして『やめない』、『誰も来ない』という呪いが私から何かを奪っていく。

 抵抗する気力は無くなり、ただ力なく侑兄の手を握り返した。

 私の気持ちを読んだように彼はTシャツの中に手を差し入れ、私の知らない男の手で体を撫で回し、ブラの上から乳房を包みながら首筋を吸った。Tシャツは頭から抜かれる。

「なるべく、痛くないようにする」

 私を見るのは、乱暴している兄のものとは思えないいじらしい瞳だった。

 保健体育で性教育のDVDを見ている時に後ろでこそっと誰かが言っていたのが蘇る。

『初めてのときは、すごく痛いんだって。お姉ちゃんが言ってたもん』

「い、痛いのはいや……」

「それなら、比和は僕の言う通りにして」

 この声色に私の否定は最初から拒絶されている。

 とにかく何がなんだかわからないだけに、頷くしか無かった。彼は心から嬉しそうに微笑む。

「じゃあ、キスしてもいい?」

 もう、さっきしたくせに……そう思ったけど、いつもの口調に戻ったことにやや安堵してやっぱり頷いた。

 彼は私の前髪を指先で払い、額にキスをした。目尻に、鼻の付け根に、頬に、そして唇に。軽く上唇をくわえて、ぺろっと舐められる。止むこと無くぺろ、ぺろと唇を嘗められたと思ったら、ぬるりと舌が唇を割って入ってきた。

 それは歯茎をゆっくりとなぞる。初めての、その濡れた感触に思わず顎を引く。

「逃げないで。僕の舌、舐めててごらん」

 再び塞がれた口の中に、侵入した舌をこわごわ舐める。戯れるように兄は私に絡みつく。

 キスをしながらブラを外され、ホットパンツと下着はあっけないくらいするりと脱がされた。それから兄は全裸になった。クラスの男子の、頼りない発育途上の体には無い、筋肉のなめらかな線をその肩に、胸に見ると、慌てて目を背けた。艶かしかった。

 侑兄はいつの間にか私の知らない男の人になっていた。兄は私の胸を両手で包みながら、全体をそっと撫で回す。

「すごく柔らかい……」

 温かい息が胸にかかる。ねっとりとしたものがぴたりと肌に張り付き、円を描くように這い回る。

「く、くすぐったい……」

 ふっ、と彼は鼻で笑う。

「良くしてあげるから」

 そして兄はちゅう、と啜り上げる。ちゅうちゅうと無心におっぱいにむしゃぶりつく。

 もう赤ちゃんじゃないのに。変。片方は舌で弄ばれ、もう片方は温かい手の下で歪み、頂を捻られている。

「ふっ……ん」

 私も、変だった。口の中でころころと小さな粒が舌で遊ばれる度に、お腹の奥の方がきゅうってなる。脚を閉じようと動かすが、間にある兄の体がそれを阻む。

「ここ、まだ薄いね……それとも、こんなもんなのか?」

 すり、と毛を撫でられる感触。

「み、見ないで……」

「言う通りにして、比和。膝を立てて」

 戸惑いながらも膝を立てると、それはすぐに大きく左右に割られた。

「なにして……っひゃん」

 開かれたその奥にくにゅりと押し付けられた肉の感触は、今まで口の中で絡み合っていたものだった。

 驚きよりも恥ずかしい。逃げようとしても、兄の腕ががっちりと腿を抑えている。

「だめだよ」

「だって……そこ……」

 おしっこするところなのに。

「ほら、触ってごらん」

 兄は私の手を脚の付け根に導いた。そんなところ触りたくもなかったけれども、私には言いなりになるほか、なす術が無い。ぬるりと指が襞の上を滑った。

 ね、と口角を上げた兄の唇も濡れていた。彼は私が今触れたところに再び顔を埋めた。

 万遍なく、上へ下へとえぐるように舌は私を持ち上げる。滑るように盛んに動き回る。

「やだ……やだよぉ……」

 気持ちが悪いはずなのにどうしても腰の辺りがじんわりと疼いてくる。目の奥がくらくらする。頬が火照る。

「はっ……はぁ……」

 変。すごくどきどきする。呼吸が乱れる。

 頭の上で枕を握る手を閉じたり開いたりしても、どうしたってそれはじわじわと上って来る。

 逃げたいのに、どこか核心に触れられない歯がゆいものが、兄の舌の動きを追うように腰を浮かせる。

「ひ……っ」

 突然、びりっとお腹の下から電気が突き抜けた。

「やっ……やっ……やん」

 兄がお股の一点をそこだけ擦り上げるように盛んに舌を動かしている。

 じんじんして、そこから湧き起こるもので手足が、頭が痺れて……。

「やん……やだ、やだ……これ、変……ふあ………っ」

 何も聞こえなくなって、閉じた瞼の裏に何かが広がって、体の中いっぱいに何かが膨らんで、すうっと糸を引くように消えた。そして後に重力が残った。

「比和、可愛い。いっちゃったんだ……」

 そう言って侑兄はキスをする。歯茎を舐められて絡められた舌は少し、しょっぱい。

 脚の付け根では今度はぬちゅぬちゅと音を立てて指が行き来する。ぴったりと中にはまったその指のかたちが感触となってはっきりと伝わる。もがきながらどんどん奥に入って行きそうな……。

 いやだ……これ、いや……気持ち悪い。そう思いながら腰をくねらせていると、潜り込んでいた指が抜かれた。私は大きくため息をつく。

「入れるからね」

 何を、と聞く暇も乱れた呼吸を整える間もなく、熱く、固いものが押し当てられ、前後しながらじっくりと捩り込まれる。

「あ……ぅ」

 痛い……壊れちゃう……。

「痛い……ゆうにい、止めて……いたい! やめて……」

 裂けるような痛みがみりみりと体をこじ開ける。体からじっとりと汗が滲む。

 いやだ。だめ。いたい……。

「比和の言うことはなんでも聞いてあげるけど……これだけは、だめだ……比和、力抜いて。息吐いて……」

 痛みを与えているはずの兄が眉根を寄せて吐息まじりに言葉を吐く。

 私は必死に兄の背中にしがみついていたが、我に返って深く息を吐いた。兄の体が注意深くまた少し沈んだ。

「あぁっ!」

 痛みはずっと繋がっている部分にあるけど、さらにまたずきん、と刺激された。

「ん……全部入ったよ」

「もう、お終い?」

 兄は困ったように微笑んだ。

「いや……これから動くから、もうちょっとガマンして」

 あまりの痛さに思わず息をのんだ。

 侑兄は何かに取り付かれたように腰を前後に揺する。私の上でただそれだけを何度も繰り返す。

「いやぁっ! ご……ごめんなさい! ごめんなさいっ……おにいちゃん、ごめんなさい! あ……あっ……もうやめて……やめて、ゆるして……」

 体が揺さぶられるたび、熱いものが穿たれるたびに痛みは私を貫いた。侑兄は私の胸に熱い息をかけながら、言葉を絞り出した。

「もう少し、だから……はぁ……っ……比和、は……っ……あ!」

 侑兄はティッシュで私のお腹の上を拭っていた。それから、脚の間と。

 立てた片膝を抑えて、そこを少し押すように何度も拭いた。

 昼の光線が衰えた部屋の中は藤色に変わっていた。

 俯く兄の肩が私のかすんだ視界で揺れるのを眺めていた。ぴりぴりと奥が疼いていた。

「今、僕が死んだら、死んでも死にきれない。比和を抱かなかったことで。さっきの地震でわかったよ。いつ何時何が起こるかわからない。気持ちを打ち明けられるときは打ち明け、抱けるときは抱かないと」

 くるりと背を向けた私に兄は毛布を掛けながら呟いた。

 『抱く』とか言うな。ドラマや小説じゃあるまいし。セックスでしょ。

 セックス、セックス、セックス、セックス。

 クラスの男子が言ってた。『もうおまえヤッたのかよ』『犯すぞ』とか。なに言ってんの、やらしいー。……この間まで鼻で笑って馬鹿にしてたのに。

 私? ヤラれた。ヤラれたの、お兄ちゃんに。

 犯されたよ。あいつらに犯されたほうがまだマシだったかもしれない。やだ。やっぱりイヤだ。こんなのイヤだ。

 気持ち悪い。兄妹なのに。気持ち悪い。

 触られた、しゃぶられた、舐められた、入れられた。侑兄が柔らかな手つきで私の髪をまさぐっている。

 猫ならきっと喉を鳴らしているはず。私の喉は嗚咽で鳴っている。

「兄妹でもこういうことをしちゃいけないっていう法律はないんだよ。比和はたぶん、いけないことだと思っているだろうけど。血のつながりはあっても生理的に見れば僕は男で、比和は女だ。好きな女を手に入れたいと男が思うのは、当たり前だろ? それに、そんな綺麗な脚を見せられたら欲情しない男はいないよ」

「でも、未成年だもん……」

 最低限の抗議……もう遅いけど。私は声を殺して涙を流していた。自分の存在を殺して。

「比和はショックだったかもしれないけれど、でも、これからわかると思う。僕がどれだけ比和を大切に思っているか。小さかった頃から僕の目には比和しか映っていない。比和は、僕のこと嫌い?」

 返事に困っている自分がいた。相変わらず侑兄は髪をゆっくり梳いている。

 頭皮を滑る彼の指。小さい頃は、好きだったのに。

「……好きだった。でも、こんなことする侑兄は好きじゃない……もう、行って……」

 それだけ言うのがやっとで、後はうぐっ、っぐ、と喉の奥で何か詰まったような声しか出ない。シーツで涙と鼻を拭った。それでも涙は流れ続ける。

「僕は好きだよ、比和……将棋、まだ途中だったね。また今度やろう……もう行くよ。うるさいのが帰って来たことだし」

「おい、比和、侑、いるのか?! 生きてるか!?」階下から仁の声が上ってきた。

 大丈夫だよ、比和は怖がってたけどもう落ち着いてるし。うとうとしてるからそっとしてやって。閉めたドアの向こうに侑の嘘を聞いた。でも、今はその嘘に感謝した。

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