思春期 3

 唇で、唇を弄ぶように啄む口づけはやがて深さを増し、熱い舌が入り込んできてその小さな身をくねらせながら上あごや舌の脇をくすぐった。

 唾液が混ざり合い、微かな水音がたつのにもそう時間はかからなかった。彼が私の舌をすくい、ざらりと擦ると、全身に鳥肌が立った。

 頭の中ではすでに霞がかかっていて、ただ、本能の赴くままに仁の舌を追っていた。

「お願い……明かり、消して」

 彼が、くっ、と舌の根を吸ってやっと顔を離すと、どちらも整える息の間でそう頼んだ。

 こうこうと点いた明かりの下で抱かれる勇気はさすがになかった。仁はそのことに初めて気づいたかのように眼を細めた。

「スタンドは点けるぞ。おまえの顔見えないのは勿体ないからな。それに」

 彼はひと呼吸置いてから静かに言った。

「真っ暗だとおまえ、侑のこと考えるだろ。目の前にいるのは、仁だ。侑じゃない」

 キスのあいだ中、侑のことなんて頭からすっかり抜け落ちていた。それでも、こくんとうなずくと、仁はふっと目元の緊張を解いた。

 そしてベッドから下りて電気を消しに行く。

 その間、一体何秒? 何分だったのだろう。彼が体を離れた瞬間、まるで彼が体温を奪い去ってしまったかのように寒気を覚えた。

 急に暗くなり、眼を開いているのに何も見えなくなると一層寂しさに襲われ、自分の上に再び戻って来た仁にしがみついた。

 彼は一瞬身を固くしたけれど、少し体を傾けて髪を梳き、頭を撫でた。

「どうしたの? 怖い?」

 頭の上から低い声が降ってくる。私は腕の力を緩めて声のした方に眼を向けた。

「少しだけ……」

「暗くしろって言ったのおまえなのに」

 あ……そうじゃなくて……。

 本当のことを口に出来るはずも無かった。

 怖い。仁を知ったら、仁を体で感じたら自分がどうなるか……それを考えるだけで怖い。

 ゆっくりと頭を撫でていた感触が無くなり、かちと小さな音とともにとスタンドのほのかな明かりが仁兄の顔を浮かび上がらせた。目の前で喉仏がゆっくりと上下する。

「比和」

 彼の掠れた声は体に甘く沁みて、じわじわと私を溶かしていく。

 ふと彼の体の重みを受ける。そして再び重ねられたキスは私を安心させるような穏やかなものだった。

 彼の舌は唇の裏をなぞり、そのままそれを何度か食み、軽く引くようにして吸った。その親密なくちづけのあと、彼は私の着ていたカーディガンもパジャマのボタンもはずし、軽く抱き起こしてそれらを取り去った。

 背中と、腕の素肌に仁兄の乾いた手の平が触れ、そこから熱が広がって行く。仰向けになったまま私は仁のTシャツの裾に手を掛けて、脱がすのを手伝った。

 二人の間に出来た隙間はこんな作業をするためだけに存在する。

 彼は私の体の脇に手をついて、静かに見下ろしている。

 暖色な明かりに照らされて微かに動く首筋から肩、胸の筋肉の起伏はなめらかで、わずかに侑兄より厚みがあるようだった。そっと胸にふれると指に響く固い弾力があった。

「なに?」

 前髪の作る影の奥で、穏やかに笑う瞳に心臓がとくんと跳ねた。

「……なんでもない」

 そう言うのがやっとだった。

 なんでもない、なんて、うそ。

 仁兄のこんな顔、始めて見た。

 こんな顔を見たら、瞳を見たら誰だって「この人は私に恋してる」って思っちゃうよ。

 恋していいって、全てを受け止めてくれるって、勘違いしちゃうよ。

 ねえ、仁兄、本当に目の前にいるのは仁兄なの?

 私は、この人を知らない。

 この人を、知りたい。

 仁兄は首筋に鼻を埋めて深く息を吸い込んだ。

「比和の匂い……シャンプーだけじゃないんだな、オリジナルはやっぱり」

 彼が話すと温かい息が首筋にくすぐったくて、思わず肩をすくめてしまう。

 胸がいっぱいで何も返せない私を、彼は心の隅で馬鹿にしているのではないかと少し悲しくなる。

 脇の下から仁の体に回した手で肩の筋肉を感じる。

 彼の全身の筋肉は私のためだけに、伸縮する。

「んっ……」

 そんなことを考えていたら、彼は首に舌を這わせて耳たぶまで嘗め上げた。その甘美な不意打ちに思わず声がこぼれた。

「比和は、可愛いな」

 仁は耳たぶをしゃぶりながら甘噛みし、耳の縁を丹念に嘗め回して、その湿った肉片を奥へ入り込ませた。ぐちゅと生々しい音も同時に入り込んできた。彼は方肘で私に負担にならないように体を支えながら、もう一方の手は私の胸からお腹をゆったりと往復している。

 それだけで、おへその奥のほうからくすぐったいような、痺れるような快感が沸き立った。

 このときを、ずっと待ち望んでいたと気づかずにはいられなかった。まるで始めて愛する男と肌を重ねる乙女のように、歓びと恥ずかしさで胸が疼いた。

 それは誰よりも、仁本人に知られたくなかった。

 顔に出してはいけない。嬌声を上げるわけにはいかない。その枷が、体内で激しく渦巻く快感を解き放つことを許さないため、かえって気が狂いそうになる。

 侑兄は私の体を知り尽くして、隙のない愛撫で私を翻弄する。

 隆兄の時にはその慣れない手つきがもどかしく、それが余計に体の中から快楽を誘い出した。

 仁兄は……仁兄に触れられたところから熱がぼうっと……花が開いていくように、目覚めていく。体中のあらゆるところが、『ここにも触れて、ここにも』って待ちわびている。

 でも、仁兄は私以外の女の人を知っている。私は侑だけしか知らないのに。

 今、私の乳房を捏ねている手は他の何人もの女の人にも同じことをしたし、彼の舌は他の女を濡らし、舐め、口で吸い上げ、飲み込んだ。彼の陰茎は女の体を貫き、愉悦の声を上げさせた。——そして仁も達して、吐き出した。

 歪んだ思考は独占欲を膨らませ、嫉妬の炎に油を注いだ。

 嫌だ。仁が私以外の人に触れるなんて。

「やぁ……っ」

 ざらざらと舌が乳首を撫でている。

 時々歯を立てられ、その固くなった先端から軽い痛みが走る。

 乱暴にも思えるその一途な動きに嫉妬は霧散した。もっと、もっと強い刺激が欲しい。

 仁を刻み付けて欲しい。全裸で重なり合う体の熱は、どちらのものかわからない。

「おまえのおっぱい、すごい柔らかいな……ここだけこんなに固くなってるけど」

 乳房を包むように揉みしだきながら乳首を捻る。

「っあぁ……ばか……」

 柔肉に唾液をさんざん塗り付けたあと、仁はそのままじりじりと舌を這わせながら下腹へ体をずらして行く。

 彼が陰毛に覆われた丘に唇を押し付けると、嬉しさで思わず溜息が漏れた。それも束の間、体内に異物のもぐり込んだ感触で体がびくんと跳ねた。

「ここ……ぐちょぐちょだぞ……」

 ゆるりと指で中をかき混ぜながら抜き差しされると、それに合わせて腰がくねり出す。

「いやだぁ……」

「嫌だっていってもな……溢れて来てるし……」

 ぐちゅぐちゅと淫靡な音は髄にまで絡み付き、意識を途切れさせ、体の自由を奪って行くようだ。ただ、快楽を忠実に受け止める器官だけが異常に敏感になり、仁が与えるものをただ貪欲に求めている。

 妹思いの兄の気持ちを逆手にとって煽る以外に私たちが体を重ねることはない。

 それほどお互いの気持ちの温度差ははっきりしていた。

 仁はきっちりと終わらせるために私を抱くことを選んだ。私は、自分の、仁を好きだと言う気持ちを決定的にするために、抱かれたかった。

 決定的にしたところで、無意味なのに。

 いや、意味が無いとは言いきれない。

 仁と体を交えることで、私の恋は始まって、そして終わらせることが出来る。そして不貞という後ろめたさが、侑兄を今以上に愛する糧になるかもしれない。いずれにせよお互いにとって『終わらせるため』のセレモニーであることには間違いない。

 ——彼には決して「好き」と言っちゃいけない。

 仁は、私と侑の関係と同じものを望んではいない。

 むしろ口に出さずともその関係を軽蔑しているはず。

 私が今彼に「好き」と告げたら、彼はすぐに私を遠ざけるだろう。再び家を出るかもしれない。

 そして、もう私の前に姿を現さないかもしれない。——私には、わかる。

 今はただ、仁が欲しかった。今だけ、何も考えずに抱かれたい。

 何も考えさせてくれないくらい、めちゃくちゃにして欲しい。

「嫌なら……やめるから」

「え?」

「おまえ、泣いてるし……」

 言われて、始めて目尻から流れる涙に気がついた。

 仁はゆっくりとそれを嘗めとった。まるで獣の仕草だ。でも、私はこんなに優しくて愛おしい獣を知らない。

 その美しい獣は主人の機嫌を取るように頬、顎、肩へとキスを落として、顎をちょこんと胸の上に載せると、憂いな眼差しで構えていた。

 仁兄……可愛い。思わず頭を撫でてしまう。柔らかな髪までも私の指を愛撫する。

「ちがう……嫌じゃない」

「ほんとに?」

 彼は安堵の顔を見せると、再び下りて行く。

「うん……仁兄の気のすむまで、して」

 済むわけねーだろ……。

 彼のくぐもった声は舌で割られた秘裂の水音に消えた。

「ひゃ……」

 ねっとりと入り口を抉るように嘗め上げられると、気持ち良過ぎてときおり腿の内側がぴくぴくと痙攣する。

 彼は内股を手で押し開きながら舌を、唇を使った。滴り落ちて来る体液を音を立てて啜っている。

「やぁあああん!」

 充血して尖った陰核に、いきなり強く舌を擦り付けられると電流が駆け抜け、同時に腰からふわりと力が抜けてしまった。

「静かに、比和……」

「だ……だって……きもちいい……」

「しょうがないな。Tシャツでも噛んでろよ。これからなんだからさ……」

 彼の声には笑いが含まれているような気がした。Tシャツを渡され、私は言われた通りそれをくわえた。

 そうでもしないと、本当にこれからどうなるか自分でもわからなかったから。Tシャツの仁の匂いが鼻腔を満たす。

 それだけでさらに微かな興奮を覚えた。

 仁は愛液の中で舌をなめらかに滑らせながら、中心の突起に指の腹で細かく振動を与え続けた。

 快楽が薄い痺れとなって体の隅々まで伝わる。それがだんだんと突き刺さるような刺激に変わり、次第に官能の桃色の塊が体の内から膨れ上がる。手を伸ばして仁の髪をかき混ぜるようにまさぐる。

 愛おしい。愛おしい。ものすごく。じわりじわりと子宮から痺れて行く。

 仁は固くした舌の先でぬるぬると充血したクリトリスをしごき続けた。もう抑えなどきかず、仁が唇にそれを挟み、強く吸い上げた途端、体が弓なりにしなった。瞼の奥が眩しくて、何も、見えなくなる。

 仁が、噛んでいたTシャツを取り、両手でそっと顔を挟んでキスをする。

 艶かしい動きで私をくすぐるくちづけに、彼に本当に愛されているのではないかと勘違いしそうになる。

 彼の唾液と私の体液の苦みが乾いた口の中に広がり、美味しいとさえ思った。私は乾きを癒すために夢中で仁の舌を吸う。

「そんなに、がっつくな……」

 間近で笑う眼に「はしたない」と咎められている気がして心細くなった。

「ご……ごめん」

「じゃなくて、おまえにそんな風にされると……精神衛生上っつーか……いろいろヤバいからオレがやる」

 からかうようなキスが降ってくる。それがまたどんどん深みを増す。

 口の端から一筋唾液が流れた。仁はそれを顎から嘗め上げる。

「オレ、嬉しいんだけど」

 微笑んだ艶やかな唇がスタンドの明かりに光る。

 私はきっと、顔を上気させたまま惚けたように彼を見上げてるだろう。

 彼は今、嬉しいって言った。

 これできっぱり終わらせられることが? 

 ……ううん、仁は正直なひとだ。

 きっと、彼は本当に私とセックスが出来て嬉しかったに違いない。ほんのり胸の奥が温かくなる。

 それでも私は生意気な妹のまま。

「変態……」

「そうだな」

 素直な仁に拍子抜けし、思わず眉間に皺を寄せる。

「変態は自分のこと変態だって言わないよ」

「どっちなんだよ」

「……どっちでもいい。仁兄は仁兄だもん」

「……そっか。何でオレ……おまえの兄貴なんだろ」

 そのとき彼は俯いたから、どんな顔をしていたのかわからない。

 じっとりと汗ばんだ体から、男の匂いが淡く立ち上る。彼はゆっくり腰を動かして固く膨張したものを割れ目に擦り付けた。

 べとべとに濡れた陰毛のなかで唇はそれを包み、さらに涎を垂らす。彼の熱い男根で、膨らんですっかり固くなった陰核をしごかれると、そこから快楽の炎が飛び火する。突起をしごきながらもたまに、襞の間に先端だけを馴染ませるように控えめに沈ませていた。

 その度にくち、くちと私の媚肉は淫らな音を響かせながら彼のものにキスをした。

「ん……ぁ……はぁ……っ、あ……いい……」

 その焦らしは私にとってただの拷問でしかなかった。

 子宮は早く突かれたいと疼きっぱなしだった。やがて腰を両手で抱え上げられ、彼の先端が淫らな部分に宛てがわれると、私はもう我慢出来ずに、彼が入りやすいように腰を押し付けた。

「仁……入れてぇ……」

 息も絶え絶えに懇願する。

 望んでいた場所にとうとう仁の猛りの全てが埋め込まれると、嬉しさで膣内が戦慄いた。私に、彼と繋がった感傷に浸る暇も与えず、彼は中心に向かって猛然と突き始めた。

 強烈な男の欲望で膣はいっぱいに満たされ、呼吸が浅くなる。

「あ……っ、あんっ……あ、あぁ……ン」

 瞼をきつく閉じる。

 彼が体を前後に動かす度に乳房は無邪気に揺れ、支えられている腰が戦慄き、意識は朦朧となる。

 すすり泣きのような声が漏れるのを抑えることが出来ない。仁が熱い塊を叩き込むと、ちゅぶ、じゅぶと淫湿な音が漏れ、羞恥がまた興奮を煽った。

「おまえ、エロ過ぎ……。それから、目、開けて。俺を見て。お前の中に入ってるの、俺だから……」

 うっすらと開けた眼のすぐ先で、前髪を揺らし、荒く息を乱しながら彼は呟いた。

「でも……」

 言いかけた言葉は、再び奥に打ち付けられた衝撃に消された。

 ねじ込まれ、かき混ぜられ、ただ与えられる悦楽に狂いそうになるのを、喘ぎながら枕の端を握りしめ、耐えていたけれどすでに限界だった。

 仁に包まれて、絶頂を迎えたかった。

 揺さぶられながらも腕は仁を求めて宙を泳いだ。

「じん……来て……」

「比和……」

 覆い被さった仁の汗ばむ背中に縋り付きながら、さらに深くなった繋がりに子宮が打ち震えた。とろとろに溶けた中を、奥を目指して無心に突き入れていた彼の動きが一層激しさを増した。 

「比和……中、すごくキツい……」

 耳をくすぐる彼の声は熱い吐息に掠れていた。

「オレ……出すぞ……っ」 

「は……、いい……いいよ……っ、ぁああ………」

 ずんずんと容赦なく突き上げる衝撃に頭ががくがく揺れる。仁も私の体に欲情している。そう思うと幸福感に満たされた。

 それによって仁への思いが一気に解き放たれ、前触れが、ぞわりと全身を嘗めた。

「中で……っ、いいか……らぁ……ぁ、やっ……ぁああああっ」

 ひときわ深く打ち込まれ、電流が駆け抜けた。

 愉悦の声は仁の口づけに吸い込まれた。乱れる熱い息の中で二人の舌は激しく絡まり合う。膣の中に穿たれていた熱の存在が失われ、瞬間、お腹の上に熱い精子が飛び散った。そして仁の熱い体の重みを全て受け取った。

 ピタリと重なったお腹の間で、吐き出されたぬるい精子がだらしなく広がっていく。

 仁の張りつめていたものが最後の力を振り絞るように痙攣したのを感じて、なぜか大きな喪失感に包まれた。

「オレ、比和のことばっかり考えてたよ。いつも」

 仁は私の上から体をずらしていたが、それでもお互い体に腕を巻き付けていた。

 息が整った頃に、彼はおもむろに言った。

「うん。もう聞いた」

「これ、夢じゃねえの?」

「つねってあげようか」

「それ、勘弁……」

 仁の声が震えていた。

 彼の胸から抜け出ると私は肘で体を支えて、彼を見下ろした。びっくりした。

 彼は静かに泣いていた。

 男の人がさめざめと泣くのを見るのはこれが初めてだった。するりとした肩が白かった。

 高校のとき、陸上部で一年中陽に焼けていた彼ではなかった。

 濡れそぼった目は私を見ているようでどこか違う場所をさまよっていた。

 また、精神的に不安定になっているのかと思った。

 ただ兄の顔を見つめて何も言えない私に、彼は苦しそうに言った。

「行って。……出てってくれ」

 何もしてあげられない。彼が苦しんでいる原因は、この私だ。彼の側にいて出来ることなんて、何も無い。

 私は床に落ちているパジャマを素早く身に付けて、兄の部屋から出た。

 興奮と、新たに満ちて来る想いで異様なほどに頭が冴え、ほとんど眠れなかった。部屋がうっすらと明るみ始めた頃に起き、シャワーを浴びた。全て、洗い流すために。

 父は夜中の出来事を何も知らずに、テーブルに広げた新聞を読みながら私の作ったゆで卵の殻を剥いている。

 そんな父に背中を向けて夕食の下ごしらえをする。

 父は普段も仁より早く出勤するけど、遅めの私の出勤時間になっても、仁は部屋から出てこなかった。

< 前へ    次へ >    目次