本当の兄弟 1

 あのときの、仁兄の言葉の意味なんて考える余裕が無かった。仁兄にバレたことで、侑兄と私の関係がどうなるか。それしか頭に無かった。仁兄が家を出て行ってくれたことでとにかく難を逃れた。そう思った。

 侑兄にはあの日のことは話せなかった。

 勘違いと言えど、私が犯したミスで侑兄に迷惑がかかることや、彼が悩まなくてはいけないと思うと、打ち明ける勇気なんて欠片もなかった。

 とにかく、仁はいなくなったのだから、不安も無くなったのだ。たぶん、しばらくは大丈夫。そんな根拠の無い自信があった。今思えばそれは、仁の告白が無意識のうちに後ろ盾になっていたんだと思う。——私が好きならば、そっとしておいてくれるはず。

 そして私たちにはその四年間は無くてなならないものだった。ワインも長い時間をかけて澱は沈み、味が落ち着くように。

 歪んだ事実を彼なりになんとかやり過ごすには、時間と、私の存在を視界から生活から無理にでも消すことが必要だったし、私には仁兄がいなくなったことで、より、侑兄と彼とを比較している事実に気づかされたのだった。疎ましいと思っていた仁兄がいつのまにか私の心の中に入り込んでいた証拠。それがわかるのに、時間とお互いの不在が必要だった。大事だから、二度言う。

 私は、本を読むのが好きという理由だけで大学は文学部に進んだ。

 大学は家から一時間以内と近かった。いや、近い大学を探したのだった。

 大学に入ると同時にバイトも始めた。学校の隣の駅のファッションビル内にある、シンプルでシックで少し値の張る服を扱うショップだ。店長が抜群に格好良くて——女性なのだけど——モデル並みの身長と、背中に波打つロングヘアとピンヒール姿にがつんと一目惚れし、何度か「ウィンドーショッピング」で通い、常連客になったあかつきにバイト

の地位を手に入れた。

 侑兄がたまにバイト先へ迎えにきて、——侑兄は、美意識の高い店長の心を一瞬で掴んだ——ちょっとお茶をして、そのあと普通の恋人同士なら外食に行く手軽さでラブホテルに入った。

 不思議なのは、仁がいなくなったらもっと家では自由にできると思っていたのに、彼が出て行った後、侑兄は自然と家庭に『セックス』を持ち込まなくなった。

 侑兄が家ですることを避けたいようだった。彼がそうしたいならそうすればいい。お金もかかるし、時間も制限されるのにそれについては特に「どうして」、とは聞かない。

 侑兄のすることはいつも正しいと思っていたから。

 整然としていて、安全だった。そしてその時間の穴埋めをするように、侑兄はひたすら私を求めた。

 大学二年の夏休みが終わろうとする頃、クーラーを効かせた居間で、柿の種と麦茶をお供に一人映画を見ているとケータイが鳴った。

 ディスプレイを見ると隆兄の名前が表示されていて、珍しいこともあるもんだとそれを耳に当てた。リモコンをテレビに向け、一時停止。

「隆兄、どうしたの」

「あ、ああ、比和。元気か? 今大丈夫か」

「うん、家でネットフリックス観てるけど」

 自分から連絡してきたくせに、声がどこかうわずっている。

「あのさ、急で悪いんだけど、今週か来週の土曜日、買い物付き合って欲しいんだけどさ」

「買い物ぉー?」

 そんなこと頼まれたのは生まれて始めてで、あまりの驚きに彼の言葉を反芻した。

「俺のじゃなくて、彼女の。誕生日近いから一緒に選んで欲しいんだけど。ちょっとネタ切れでさ」

「ああ、なるほどね。いいよー。今週は無理だけど、来週なら。バイトのシフト調整しておく」

「悪いな、ついでにおまえにもなんか買ってやるし、茶でも飯でも奢ってやるよ」

 ついでって……、まあ、ついでか。苦笑に口の端を上げる。

「オッケー。交渉成立」

 あのさ……隆兄が言い淀む。

「なに?」

「お前ひとりだからな、相談したいこともあるし」

「へ? なに? そのつもりだけど……なんか要領得ないなあ。隆兄らしくない……はっきり言ってよ」

「だから、侑が来るって言ってもつれてくるな、ってこと」

「はぁ? なんで侑兄がそこに出てくるの。興味ないでしょ。隆兄の彼女の買い物なんか」

 とにかく、だめだから。昼過ぎ迎えに行く。……最後はなんともそっけなく通信終了。思わず手の中の携帯をじっと見つめてしまった。

 約束の土曜日は真っ青な空に入道雲がどっしりと浮かぶ、まさに夏日だった。お盆を過ぎたら過ごしやすくなったのに、今日は朝から蒸し暑い。私はお昼に軽くそうめんを食べて、出掛ける支度をした。シルクの水色のノースリーブワンピース。胸元の深いVネックにレースが大人な雰囲気で、後ろでリボンを結べば、ウェストの下から緩やかなレイヤーが広がる。デパート内は冷えるから、若草色のボレロも忘れない。足下はクリスタルがちりばめられていてる涼しげなサンダル。

 大学を卒業してから父の事務所で働いる侑と仁は、土曜なのに侑兄は父に朝から駆り出されていた。『父さんは身内をこき使い過ぎる』と文句をいいながらも、「隆兄によろしく」、と彼は出掛けて行った。

 クラクションに呼ばれ、サングラスをカチューシャのように頭にさして家を出る。

「久し振り」

「おう、なんか女らしいカッコしてるな」

 隆兄は白い歯を見せる。

 助手席に滑り込み、そんな短い挨拶を交わした後に隆兄は車を出し、バックミラーで家のほうをちらりと見た。

「女だもん」

 私が頬を膨らませると、隆兄はあやふやに横顔をほころばせた。休日なのに珍しく髪を立てている。一昔前のベッカムみたいだ。襟と袖に紺色のラインがはいった白のポロシャツにベージュのチノパン、赤茶色のモカシンを履いていて、それは微妙にモッズの名残かなと思う。

「あれ、隆兄メガネしてたっけ」

「んー、最近な。運転の時と仕事中はしてるぞ。ああ、家にいるときはしてないから」

「そっかー。なんか前髪ツンツン、ピアス、メガネってセクシーかも」

「飲みに行って男に誘われるのはそのせいか。あ、でも飲み屋でメガネはしてないのにな」

「まじでー! 初耳!」

 兄の近況、私のキャンパスライフなどお互いにツッコミ、ツッコまれて話しながら兄は楽しそうに運転する。住宅街を抜け、大通りに出る。繁華街に近づくほどに車や人通りは多くなった。

 夏休みで週末とあればデパートもさぞかし混んでいるだろう。

 案の定、駅ビルのパーキングは三階までびっしり色とりどりの車で埋め尽くされていた。四階に上ると急にがらんと灰色の殺風景な空間が広がった。太い鉄の梁とコンクリの無機質な壁は外の世界と隔離されている。

 車から出ると髪が首筋に張り付くほどの湿気に包まれた。そしてデパート内は週末の賑わいだった。

「どんなもの贈ろうか、少しは考えてあるの? 洋服か、アクセサリーか、香水か、とか。去年なにあげたの? ご予算のほどは?」 

 明るく、涼しいデパートのフロアを、右に左にのんびり視線を流しながら歩く。

 何種類も混ざったパフュームの甘ったるく、攻撃的な香りが漂うコスメティックフロアの横を通りながら兄に誘導尋問。

「去年は……ああ、一緒にワンピース買いに来たかな」

「じゃあ、アクセサリーは? 月並みだけどピアスとか。ピアスなら会社にもして行けるでしょ。女性は彼氏にもらったものはさりげに自慢したいものだから」 

「そうだな。おまえなら彼女の好みもわかりそうだし、任せるよ」

 学生時代だけど、近所で何回か隆兄と一緒のところを見かけ、挨拶をしたことはあった。今も趣味が変わっていなければ可愛いお嬢様タイプだった。

「彼氏も気合い入れて選んでくださいねーー」

 照明に煌めくガラスケースのピアスを覗き込み、気になるものを出してもらっては私が耳に当ててモデルになり、兄が首を横に振ったり傾げたりする。

「あのさー……おまえ、彼氏出来た?」

 隣の売り場に移動し、再びショーケースに顔を伏せていると、隆兄は言った。

「な、なんで?」

「身内びいきじゃないけど、おまえかなりいいセン行ってるのに、彼氏いないってよっぽど遊んでて一人に絞らないか、なんか問題あるんじゃねーーかって心配なわけよ。うちの両親、両方ともそのへん無頓着っぽいし」

 私はケースの上のアクセサリースタンドに掛かっているネックレスを弄びながら、何気ない風を装った。

「も、問題って?」

 それでもつい、噛んでしまう。だって、いきなりツボつかれたから……。

「それ俺が聞いてるんだけど」

 横目で兄を見ると、彼はケースに肘で寄りかかり、眉尻を下げて私を見ていた。

「べ、べつに問題なんかないよ。学校が忙しくて、バイトが楽しいだけだよ。文学部は女の子ばっかりだし、サークル入ってないから男の子とあんまり知り合う機会が無いし、でもそこそこリア充だお……」

 あ、すみません、これ出していただけますか。口早にそれだけ言って、店員さんに助けを求めるように声をかけた。

 九月の誕生石、サファイアの醒めたような青がしずくを象り、プチダイヤがコンビになっているピアスを買った。

 車に戻ると、車内は蒸れていた。隆兄がエンジンをかけ、冷房をつけたとたん最初にむわっと温い、不快な風が吹き出した。隆兄はシートベルトを締めずにリアシートのほうへ体をひねると、グリーンのストライプ柄のプラスチックバックを取り、私の膝のトートバッグの上に置いた。

「ちょっと遅くなったけど、合格祝い」

「ぶはー、遅過ぎでしょ。開けてもいい?」

 うん、という返事を待たずに四角い、赤い包装紙に包まれたそれに指をかける。

 梶井基次郎の短編集『檸檬』とクレーの画集。

「クレー……ありがとう。嬉しい」

 グッゲンハイムミュージアム版の画集をぱらぱらとめくった後、文庫本を開き、暖かみのある色の、すべすべとした光沢あるページを指でなぞる。

 バッグに本をしまい、破いた包装紙を一応畳んでいると、隆兄が落ち着いた声で言った。

「おまえ、普段も侑とああいうことしてるの?」

 雷に打たれたようなショックって、こういう感じ? 瞬きを忘れ、頭の中だけはその瞬間にすごい勢いで「正しい答え」を探してシナプスが火花を散らしている。

 ああいうことって? しらばっくれるという逃げ道は通用しない。

 レザートートの上で包装紙を畳んでいた手は、兄の不意打ちに不本意ながら一瞬止まったが、また何事も無かったように動いた。縦に折り、横に折り。ゆっくり、丁寧に筋をつけていく。

 誘われておかしいと思わなかった自分が馬鹿だった。

 大体隆兄が私を誘うなんて二十年間で片手にも満たない。彼は、何かを掴んだに違いない。私が黙っていることは、「イエス」を意味するようなものだ。隆兄は続けた。

「大分前だけど、久々に家に寄った。社員旅行から直でさ、家に土産置きに。下には誰もいなかった。あれ、四時頃だったかな。まあ、おふくろは仕事って知ってたけど、靴あったし。お前たちの誰かはいるかと思って上にあがった。そしたら……」

 ああ、あの時やっぱり誰かがいたんだ。それは隆兄だったんだ。気のせいじゃなかった。

 侑兄が大学を卒業して、私も春休みだった。

 家に二人きり。私は侑兄の上に乗り、腰を揺らしていた。

 侑兄の張りつめたものが、ずりずりと内壁を擦り付ける快感に酔いしれていた。

 二人の繋がっている部分はお互いの広がった体液でねとねとしていた。侑兄が下から奥を突き上げる度に、小さな悲鳴が喉の奥から漏れた。

 ずっと、ずっとそうやって兄の上で跳ねていたかったけれど、やがて昇り詰めて彼の胸の上に崩れた。

 ばらばらになった意識がもどって来始めたとき、下でかたんと音が聞こえた気がした。

『ねえ、今何か聞こえなかった?』

『別に何も?』

 二人で耳をすませた。何も、聞こえて来なかった。

『大丈夫だよ、比和。大丈夫』

 侑兄が私の目を見てそう言ったから。私は安心して重ねられた唇を味わったのに。

 私は観念して瞼を閉じた。続きを聞くために。

「声が聞こえた。おまえの部屋から。……侑とおまえの。結構ショックだったぞ」

 どんな声を聞いたんだろう。

 侑兄はアレの時、甘美な言葉をたくさん口にするけど囁くように紡がれるだけだから、それはきっと私の声に違いない。

 欲張りな。侑兄を、ただ欲するままに求めて懇願する善がり声。それを思うとカッと体の中から熱くなる。

 ハンドルを両手で掴んで、額をそこにつけたまま隆兄は続けた。

「どんな顔して会えばいいかわからなかったから、ていうか、会えるような状況じゃねえし、そのまま帰ったけど……」

「あれは……あれは、遊びだから。だから……遊びが少し過ぎたっていうか……別に深い意味なんて無いし……」

 何を言っても言い訳にしか聞こえない。それはそうだ。私はもうとっくの昔に、越えてはいけない一線を越えてしまったのを承知しているのだから。

「そうだと思っているよ。侑は昔からおまえを可愛がってたしな。でも、お前らはそれが『いけないこと』だってわかってるんだよな」

「い、いけないことって何? 法律で罰せられないよ? 結婚は受理されないけど、子供が生まれたって認知すればいいことだし、事実婚だってあるし、子供に障害が出るリスクだってあれも本当にはっきりとしたことはまだわかってないし……私、ちゃんと調べたもの。隆兄の言う、いけないことの意味が分からない! ……隆兄だってやりたかったら同じこと、してもいいんだよ」

 私が一気に吐き出すと、隆兄は半ば口を開けたまま私を見ていた。

 そこから言葉が出てくるのにやや時間がかかった。

「おまえ、それ本気で言ってるの」

 え、っと……私は勢いで心にあったことをさらけ出してしまった。小さな企み。——隆兄も、共犯になれば私と侑兄に二度と干渉してこないだろう。

「いけないこと、って言うのはちょっと違うかもな、でも父さんや母さんのこと考えたことあるか? 母さんなんかな、女の子が欲しくて欲しくて、双子産んで大変だったのにも関わらず、おまえを作ったんだからな。その時の喜びようったら七歳のオレが嫉妬するくらいすごかったぞ。子供なんか三人いれば十分だ。子育てって大変なんだからな。母乳で育てるにも夜中三時間ごとに起きてさ。双子たちは乳離れしてたけど、まだまだ甘えたい盛りだから昼は双子につきっきり、夜はおまえって。そうやって手塩にかけて育てた娘の孫見たいって普通思うだろ。好きな人と結婚して家庭を持って幸せになって欲しいって母親なら思うだろ。そういうことを考えてるのかって俺は言ってるの。俺がおまえとやりたいかなんて次元の話じゃないんだよ」

「ずるい女は嫌いじゃないが、おまえにはなって欲しくない」

 私は下を向いたまま、顔を合わせられなかった。

 どんな顔をすればいいのだろう。今すぐ車から降りて、一人になりたかった。隆兄のつくため息が隣で聞こえた。

 じゃあ、ごちそう喰いに行くか。隆兄は私の頭にぽんと手を置いた。

 隆兄は高速にのってスピードを上げた。その直後、サイドブレーキ横の小物入れに入っている彼のスマホが鳴った。

「おまえ、出て」

 兄は小さな黒いそれを顎で指した。

「あれ、侑兄だ。はいはーい、侑兄? うん。今運転してる。何? えーと、」

 どこに行くんだっけ、と電話を耳から外して隆兄に聞く。

 飯だろ。とくにどこって決めてないけど。急にそっけなくなった隆兄の横顔を見て小さな疑問符が浮かぶが、すぐにスマホを持ち直し、そのまま侑兄に伝えた。

「あんまり遅くなるな、って。隆兄によろしく、って」

 私は兄のガジェットを元の位置に戻した。

「牽制も、一歩間違え挑発に。……お、字余り無し。まったく若造が。十万年早えぇ」

 苦い横顔を見せて、隆兄はアクセルを踏み込んだ。

 え、何? 侑兄はただ、遅くなるなって言う電話をしてきただけなのに。

 もともと隆兄は人の話を半分聞いて勝手に自分の頭の中で勝手に解釈するところがあるから……それで兄弟話が噛み合ないこととかかなりあったし。

 また、何か勘違いしているんじゃないの……そう思いながらも、緊迫した空気に妨げられて兄を問いただすことが出来ないまま、隣を追い抜いて行く黄色いカブリオレを見送る。

 しばらくするとグリーンの案内標識に湾岸線、箱崎の大きな文字が飛び込んで来る。お台場に向かってる?

 車は明らかに自分の知らない道を走っている。私の推測は外れ、お台場も過ぎて葛西で高速を下りた。

 やがて建物の角の一面がステンドグラスで装飾されたいかにも、なラブホが目の前に迫った時には、まさかと思った。まさか隆兄が私の口車に乗るなんて。

「ちょ、ここラブホ……!」

「知ってる。悪い兄貴ということで諦めてくれ。妹とヤリたいとかどうかしてると思う。でも、今理性ぶっとんだ。おまえの生脚もいいが、とにかくこうなったのは侑のせいだぞ」

 隆兄はそう言うけど、本当は彼を動かしたのは私のせいだ、ってわかった。

 黒いゴルフはラブホの四角い入り口の中へ滑り込んだ。

 たぶん、車を出してから彼はずっと迷っていたに違いない。

 そして結局、私の『交渉』と改悛の可能性が低い言葉が兄の背を押した。

 隆兄は覚悟を決めた。

 隆兄みたいな良識な人を罠に嵌めたようで、後ろめたさがあった。でも、彼は私に騙され、見逃すほうを選んだ。

 彼は私と侑がどれほどまで深い関係になっているかを悟り、そこに自分が入り込んで倫理にもとる行為を正すチャンスは微塵もないとわかると、苛立った。

 長男として何も出来ないことに。見過ごすにも、ただ見過ごすだけじゃ長男としての自尊心が許さなかったのか。

 差し出された罪のりんごを齧り、平和だと思っていた家族エデンから逃げ出す覚悟を決めたんだ。

 そう、こんな無節操な世界は忌避すべきだ。彼には手に負えない。

 夕方も早い時間なのに、駐車場には何台か車が停まっていた。駐車場からフロントまで兄は私の手を握り、無言のままむっつりとした顔で部屋を選ぶと、カードキーを手にした。

 ドアが閉まった途端、隆兄は後ろにいた私の肩をドアに押し付け、唇を奪った。

 その拍子にサングラスが頭から落ちた。構うこと無く隆兄は強く吸う。間近に捕えた兄の眼差しは厳しく、それはすぐに諦めたように閉じられた瞼の後ろに消えた。

 肉厚の彼の舌が割り込むのを素直に受け入れる。

 ここまで来て彼を拒むのは間違っている。自分が誘ったのだから。とろりと舌が絡み付く。応えるように蠢くその全体をくるりと舐めとる。歯茎をゆっくりとなぞられると、ぞくっと背中を何かが駆け上がる。両手で兄のシャツの胸にすがる。シャツの越しの固い胸。

「んふぅ……」

 彼が少し顔を離すから、思わず追いかけて舌を伸ばす。

 やだやだ。まだ、キスしていたい。

 だって、侑兄と全然違うから。まだ不安だから。不安な気持ちを飲み込んで、吸い上げて。少し離れた二人の唇の間で舌が悶え、縺れ合う。

 戯れるように唾液を絡めてぬるぬるとした感触を味わう。

 兄は再び深く覆い被さると、舌の付け根を強く吸った。

じゅるり、と全体を飲み込まれそうな強い刺激に目眩がする。口内で追いかけられ、追いつめて甘噛みされると、膝の力が抜ける。息が苦しくて。酔っぱらったみたいに頬が火照っている。やっと隆兄が退き、私を覗き込んだ。

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