私の愛しい、奴隷さま

 一歩、二歩、三歩……窓から部屋の入り口のドアまで大股で歩いて九歩だった。では普通の歩幅で……一歩、二歩…………十三歩。数が悪い。もう一度。今度はやや歩幅を狭めて窓の方へ戻る。

 一歩、三歩……八歩、今度は十四歩。

 マオリクは一つ溜め息をつき、天井近くまである大きな窓から外を眺めた。黄色く色づいた樫の木の向こうから、そろそろ主人の姿が現れていいはずだった。しかし、黒い門に伸びる道には秋陽に輝きを増した枯れ葉が舞うばかりである。この時期は庭師が掃除をしても、気がつけば庭一面落葉で覆われている。

「早く署名をしていただかないと、間に合わないのに……」

 マオリクは薄い唇を噛んだ。白く透き通るような肌、肩まで伸びた髪はブロンドの錦糸。瞳の色は濡れ光る翡翠で、細い鼻筋はそこだけ意志の強さを表すかのように真っすぐに伸びている。齢十七で、成長期の彼の体の線はまだどことなくあやうい。そのために、女に間違われることも少なくはなかった。

 マオリク・サラブ・エマスはこの屋敷の主、エリーシャ・キースリングに仕える奴隷であり、執事である。

「サラブ」というのはミドルネームではなく、生まれ持った”奴隷”の称号で、また、この称号を持つ者は『人に仕える神の使徒』とも呼ばれている。そして、国によってはその人生に制限もあり、特典もあると言われていた。

 彼は身を預けていた教会からエリーシャに引き取られ、今日まで彼女の執事として従事していた。そして二人は時間をかけてお互いに想いを募らせ、とうとう主従関係という足かせを外して、お互いに気持を打ち明けた。初めて肌を重ねたのは三ヶ月前ほどのことであった。

 道の向こうから黒い点が近づいてくる。エリーシャの愛馬だ。マオリクの瞳はそれを認めて輝いた。急いで部屋から出ると、玄関ポーチまで駆け下り、その扉を大きく開けた。同時に主人が飛び込んできた。

「お帰りなさいませ、エリーシャ様!」

「ただいま、マオ! ごめんなさい、遅くなって。頼んだものはもう出来てる?」

「はい。既に半時間前には出来ております。あとはエリーシャ様の署名だけで……お急ぎください。本局が閉まってしまいます」

「わかってるわ」

 エリーシャはふっくらとした唇をきゅっと結んで頷くと、乗馬服にマントを羽織ったまま階段を一段飛で上がって行った。階上の手すりごしにそれを見た侍女は「まあ」と目を丸くしたが、あっという間にすれ違った主人の背中に会釈をした。

 エリーシャ・キースリングは国土省に勤める唯一の女性書記官である。二年前、父亡き後にその仕事を引き継いだ。琥珀色の髪をまとめあげて晒された卵形の小顔に、小作りな愛らしい鼻と、ピンク色の唇、ブルーグレーの瞳は責任感と優しさに満ちていた。

 エリーシャは立ったまま、鵞ペンを取り、書類に顔を伏せる。その隣でマオリクは一度だけ彼女の名前を呼んだ。

「エリーシャ様……」

「大丈夫、急かさなくてもすぐに終わるから」

 顔も上げずに必死でペンを走らせる主人は、執事の落胆の溜め息に気がつくはずも無い。

「はい。お終い」

 エリーシャが体を起こすと、マオリクがそれぞれに封をし、既に用意してあったロウを垂らして刻印した。

「それでは急いで出して来ます。馬を飛ばせばまだ間に合いますから」

「お願いね!」

 部屋からマオリクが出て行くとエリーシャはほっと息を付き、マントを脱いだ。その時、彼に「ただいま」のキスをしていなかったことに気がついた。

 しばらくすると、手紙を出して戻って来たマオリクが、ノックの後にドアの隙間から顔をのぞかせた。

「どうしたの? 入ってらっしゃい」

 おずおずと入って来たマオリクは、エリーシャの机を挟んで立つとまずこんな前置きをした。 

「怒らないって約束していただけますか」

「ええ? 私が怒るようなことをしたの?」

 悪い知らせをこんなやり方で仄めかす七歳年下の執事が可愛いと思ってしまうが、しかし、内容によってはそう甘やかしてもいられないだろう。エリーシャは緩んだ頬を引き締め、主人然と振る舞うかのようにその豊かな胸を張った。

「約束してくださいますか。してくださらないと、死んでも口を開きません」

「わかったわ。怒らないから言ってみて」

「……先ほど出しに行ったジャンセニン伯爵夫人への招待状ですが……少し気になったのでもう一度エリーシャ様の走り書きを見てみると間違いを二つ三つ見つけまして……」

「二つなの、三つなの」

「三つです……」

「それで。何を間違えていたの?」

「晩餐のメニューですが、ト”モ”トの冷製スープ……、それからトリュフのパスタ”男の”クリーム、」

「ちょ!」

 エリーシャの形のいい眉が上がった。

「デザートは”鳩”とイチヂクのタルト……以上三点です」

「な……、何それ! トマト、の間違いはわかるけど……何よ、”男”って! クリーム仕立てのパスタがどうして男に!」

「最後の文字が普段よりもさらに読みにくく、辞書を引いた所、”男”の旧字体とわかり……」

「何で私がただの食事のメニューに旧字体を使うのよ!? それに最後の”鳩”って、まさかぶどうのこと……?」

「正解でございます。さすがエリーシャ様……。TRAUBENがTAUBENになっていましたね」

「ありがとう………じゃなくって! 私が書いたんだもの! わからないわけ無いでしょう! あ――あ、もう! ジャンセニン伯爵夫人はそういう所すっごくうるさいのよ! あとで嫌味の一つや二つ言われるに決まってるわ!」

「一つと二つと、どちらでしょう」

「三つね」

 エリーシャは机に肘をついたまま、手で頭を抱えた。

「それは大変ですね……。それはそれで、お言葉ですがエリーシャ様」

「何? まだ何か?」

 顔を上げたエリーシャの視線が鋭くマオリクを射た。若い執事が困り顔で身を縮ませている。

「怒らないと約束してくださいましたよね……。もう少し声のトーンと、その眼差しを和らげていただけると私の気持が落ち着くのですが……」

「そ、そうだったわね……」

 仕方ないと言う素振りで肩をすくめ、エリーシャはぎこちなく微笑んだ。悪いのは自分の字が汚いからだ。それを忠実な従僕の罪にするのはお門違いということは承知していたが、承知しているだけに、この何とも言えず、わだかまる気持の持って行き場が無い。

「私、今すっごく機嫌が悪いんだけど」

「お気持ちお察し致します」

「主人のご機嫌を取るのは執事の役目でもあるわよね?」

「そうなんですか?」

「そうなの! ……で、マオはどうしたら私の機嫌が良くなるか、わかってるはずよね?」

 こんなことを言うときのエリーシャ様の瞳には特別な光が宿る。静かに、燃える炎のようにちらちらと揺れ動いている。マオリクは観念したように小さく嘆息した。しかし、エリーシャの前に立ったときにはその口の端に悦びが刻まれていた。両手で薔薇色の頬をすくい、顔を近づけて行く。エリーシャはそっと瞼を閉じた。

「エリーシャ様……僕の愛しいひと……」

「マオ……私の可愛い子……」

 重なった唇の間で濡れた舌二つのが戯れ始めた。逃げれば追い、捕まえて絡み付く。歯を立て、立てられ、吸い上げられる。そしてそれはだんだん深く激しくなり、しばらくの間続けられるのだった。

 ***

 音は軽いが、必要以上の回数でマオリクの執務室のドアがノックされている。時計を見ると十時を回ったところだ。昼前の茶の時間にしては少し早い。

 マオリクはインク壷にペンを挿し、「どうぞ」と声を掛けると、侍女が息を弾ませて部屋へ入って来た。

「エフライム様がお見えになっていますが……」

「エフライム様が? お約束は無かったはずですよ……」

「はい。火急の用事で申し訳ないと……」

「私がエリーシャ様にお取り次ぎします。すぐに下に行きます」

 一緒に部屋を出、その場で頭を下げた侍女が小走りで階段を下りるのを横目に、マオリクは奥の部屋へ急いだ。

 約束も無しに貴婦人に面会だなんて。なんて礼の無いやつだ。マオリクは主の部屋へ歩みを進めながら胸の中で舌打ちをした。いや、実際にしていたかもしれない。

 この屋敷に引き取られてからすぐに、エリーシャからエフライムに引き合わされた日の記憶が鮮明に脳裏に蘇る。

『こちらはエフライム・デュー国土省書記長官よ。……つまり、私の上司ね。そして、元婚約者』

 マオリクはエフライムの役職よりもむしろ、主人が他愛無い口調で締めた最後の言葉に驚き、同時に喉元に苦い物がこみ上げてくるのを感じた。

――元婚約者とはなんだ。それは肩書きのうちに入るのか。

――エリーシャ様の周りをうろついてよいと言う許可書の代わりか。

 当時、そんなふうに胸中で呟いたものだが、今もエフライムの姿を目にする度にそう思わずにはいられない。

 その時、三十三歳を迎えたばかりの書記長官は隣三国にその噂が伝わるほどの美貌の持ち主で、同時に備えられた叡智はもちろんのこと、誰からも尊敬される人物であった。背中に揺れる漆黒の髪、光の具合では濃いすみれ色にも見える瞳。静謐(せいひつ)な物腰。そして、その威厳と地位の高さを表すに十分なほどの長身であった。

 エリーシャにエフライムの来訪を告げ、マオリクはその足で玄関で待つ「約束の無い客人」に慇懃に紋切り型の挨拶をした後、応接室に通した。程なくして侍女が茶セットと菓子の載ったワゴンを押して来る。マオリクは早々と彼女を部屋から追い出した。

 普段なら、侍女が茶を持って入るのと入れ替わりにマオリクは退室するのだが、彼は今自ら客人のために茶を準備している。

 エフライムはエリーシャにこの麗しい執事を紹介されたときから、彼が自分に対して敵対心を持っていることは薄々と感じていた。そして、少し鼻の利く男ならばすぐに嗅ぎ取ることの出来る、その原因も。

 客人は人待ちにひとつこの状況を楽しんでみようと思った。

「珍しいな、マオリク。君が部屋に残るなんて」

 エフライムはマオリクの勧める肘掛け椅子に座らずに、ワゴンを挟んで彼の前に立ったまま話しかけた。

 執事は茶を注ぐ手を止めて顔を上げると、露骨に眉をひそめた。想い通りの反応にエフライムは内心ほくそ笑む。

「エリーシャが好きか、マオリク」

「好きではありません」

 その即答にもエフライムは眉毛一つ動かさずにマオリクの差し出すカップを受け取ると、『元婚約者』は執事を見据えた。

「愛しております」

 書記長官はほっと安堵の溜め息をつき、茶を一口飲むと、口元に親しみを浮かべた。

「私もだ。どうだ? 私たちには共通している所があるじゃないか。それでもお互いに打ち解けられないとはまた残念な話だ」

「それだけはあってはならない共通点でしたね、お言葉ですが私には打ち解けるような仲間も、いがみ合う敵も必要ありません。私にはエリーシャ様ただお一人だけいればいいのです」

「それなら私も言わせてもらうが、彼女を初めて女にした男はこの私だ」

「エリーシャ様に女性としての悦びを最初に手引きしたのは私です、エフライム様。それはあなたには出来なかったことです」

 非礼を承知でその言葉を口にしたマオリクの顔は青ざめていたが、彼は固い表情を崩さずに毅然と立っていた。その時、軽い衣擦れの音をさせて女主人が部屋に入って来た。

「お待たせしたわね、エフライム。あら? マオもまだいたの?」

 エリーシャは、そこにまだ居残っているマオリクを見ると意外だというように首を軽くひねった。エフライムの訪問の度にマオリクの雰囲気が固くなり、あからさまではないが機嫌がを損ねることは過去幾度かの経験上、エリーシャもなんとなく気がついていた。

「丁度今、エフライム様と私の間に共通点を発見した所なんですよ、エリーシャ様」

「ええ? 共通点………そうなの? エフライム」

「まあね、でもそんなものは無意味だと一蹴されてしまったよ。君の執事はなかなか手強いな」

「マオリクが? まさか。人怖じして愛想が無いのは確かだけど……で、ご用件は何かしら?」

 それを聞くとエフライムはいかにも可笑しそうに鼻で笑い、持っていた棒状の書簡の紐を解いた。

「ああ、この書類の修正箇所なのだが……」

 机に広げられたそれをエリーシャは覗き込む。

 顔を近づけ、話し始めた二人を見ながらマオリクはそっと退室した。

 エフライムが帰り、昼食を済ませた後、マオリクは庭の隅の菜園でニンジンを幾つか収穫した。泥を綺麗に流し、バケツに入れて馬房へ向かう。

 馬房は縦に細長く、四つに区切られていた。一番奥は干し草が広げてあり、その隣からエリーシャの愛馬ネルソン、ダイアナ、ルークの三頭が収まっている。

 反対側の壁には横木が何本か突き出ており、鞍や馬具を掛けられるようになっていた。奥の壁際には馬丁が馬具の手入れをする時に腰掛ける一枚板の長椅子が置いてある。

 マオリクは入り口の方からルーク、ダイアナの飼い葉桶にニンジンを入れてやった。匂いに気がついたネルソンが横木の上から首を突き出し、上下に振った。瑞々しい葉の付いたニンジンを彼の鼻先にもって行くと、分厚い唇をめくるようにしてそれを齧る。

「あ、ここにいたの、マオリク……私、今からエフライムの所に行ってくるけど、帰りはそんなに遅くはならないと思うわ」

 乗馬服に身を包んだ主人は、馬房に入ってくるとマオリクの隣で同じようにバケツからニンジンを出し、愛馬に与えた。

「え……、今日のご予定には無かったはずですが……」

「ほら、さっきマオが持って来てくれた速達ね、あれエフライムからの呼び出しだったの。さっきの書類、私、署名を忘れていたのがいくつかあったって」

「そんなの……! 書記長官の口実です!」

「口実? 何の?」

「もちろん、エリーシャ様を呼び出す……そうでなければそんな用事は書類を使いの者に渡して往復させればよい話です!」

「マオ……、私たちが今携わっている仕事はそうそう書類を持ち出せるようなものじゃないのよ。わかっているでしょう?」

――私たち。 

 耳障りな言葉だった。エリーシャの口からエフライムの名前を聞くのも嫌だったが、この響きはマオリクの理性と自尊心を揺さぶった。

 随分親密そうではないか。果たしてその”私たち”は二人きりの密室で何をしているのか。

「マオ、もしかして焼きもち?」

 ふっと目元を緩めてエリーシャが自分の胸に体を擦り寄せる。ほら、こんなふうに自分に媚びること事体、怪しい。

「マオ、可愛い」

 エリーシャは手を伸ばしてマオリクの頬に添えると、そのむっつりと結ばれた唇に自分のを重ねた。エリーシャは、彼が自分の機嫌を直す方法で、また彼の機嫌も直せることを知っていたからだ。

 しかし、その刹那、執事は想像以上の荒々しさで唇に吸い付いた。

「ん……っ!!」

 彼はしっかりと体に腕を回し、強く引き寄せ、乗馬服に艶かしく浮かぶ女特有の波線にゆっくりと手を滑らせた。ブラウスのボタンを幾つか外して手を忍ばせ、暖かく、柔らかな膨らみを包んでそっと持ち上げる。ぴくん、とエリーシャの肩がすくみ、彼女はマオリクをやんわりと押しやった。離れた二人の口先で、熱い溜め息が混ざる。

「だ……だめよ。もう行かなきゃ……ニンジンをあげたら…………」

 どうして。この場でどうして自分を拒むのか。マオリクの胸にどす黒い雲が渦巻いた。

「私が食べさせてあげますから……」

「ほんと? じゃあお願いね……」

「それでは早速、上着とズボンを脱いでください、エリーシャ様」

「え……?」

 エリーシャは訝しげに執事を見上げた。彼はそんな主人ににっこりと微笑んでみせた。

「脱がないと、汚れてしまいますから。お手伝い致しましょう。そして椅子に座って、脚を広げるのです」

 声にも、その表情にも抑揚は無いぶん、手だけは素早く動いて上着を脱がせていた。そしてズボンを一気に下ろすと、脱がせたものをまとめて干し草の上に投げた。

「な、何をするの! 冗談はよしなさい!」

 体を抱え上げた執事の腕の中でもがくも、すぐに長椅子の上に座らされ、肩を壁に押し付けられる。同じ目線に体を屈めた美しい執事は、咎めるようにゆっくりと言った。

「冗談ではありません。私が食べさせると言ったでしょう。そして『お願い』と言ったのはあなたです。エリーシャ様」

「ち、ちがうわ……」

 近くのバケツに手を伸ばし、マオリクは一本のニンジンを取り出した。震える主人の膝を手でそっと開かせる。

「これなんか、先が丸いので痛くないと思いますよ。ね、美味しそうでしょう」

「や、止めて……」

「大丈夫。すでに十分濡れていますから……ほら」

 執事は野菜の先で襞を割ると、流れ出た蜜をその尖端で救い取り、持ち上げてみせた。そして、再び入り口にそれを宛てがい、前後に動かしながらゆっくりと挿入した。

「や……っ」

 鮮やかなオレンジ色の尖端が薄い毛に覆われた亀裂の中に消え、みるみるうちに飲み込まれて行く。脚の間に跪いたマオリクは、片手で主人の腿を押さえたままニンジンを持った手を柔らかく動かし続けた。

 浅く、深く。時には円を描くように。その度にちゅく、ちゅくちゅくと卑猥な水音がエリーシャの耳を陵辱した。 

「や……、これ、いや………」

 嫌だと言いつつも、それを求めて椅子からずり落ちそうになる主人を見ると、マオリクは椅子を跨いで後ろから胸に彼女を抱え、同じように椅子を跨がせた。つぷつぷと、抜き差しを繰り返しつつ、エリーシャの乳房をブラウスの上から揉み、色づいて衣越しに透けた乳首を爪で弾いた。脚の付け根から青々とした葉を生やした主人の痴態は奇妙なほどに淫猥で、マオリク自身も昂っていた。

「それでは、せっかくだからこれをネルソンに食べさせてあげましょう」

「え……っ、え? マオ……?」

 慌てて首を捻って自分を見る主人に安心させるように微笑みを返し、一つ頷くとマオリクは脇から伸ばした腕をエリーシャの膝下に通して膝を広げたまま、軽々と体を抱え上げた。幼子が大人に抱えられて外で用を足すような、あられもない恰好である。もちろん、脚の間からは挿入されたニンジンの葉がぷらんと垂れ下がった状態だ。エリーシャは恥ずかしさのあまり身じろぎした。そんな主人に諭すようにマオリクは穏やかに言った。

「エリーシャ様、じっとしていてください。大丈夫です。私がついています。それに、エリーシャ様の愛馬、ネルソンですよ。恐れる必要などありません。ほら、ネルソン。おまえの好きなエリーシャ様がニンジンを食べさせてくれるって……おいで」

「や……、マオ……、冗談でしょ? ね……」

 マオリクはエリーシャをまるで無視したまま馬房に近づき、二本の横木の間にその白い尻を差し出すように馬に向けた。馬房の隅に佇み、先ほどから二人の遊戯を見守っていたネルソンは一歩また一歩とエリーシャの方へ寄ってくる。正確には、――脚の間に。

 今一度、エリーシャは自分のすぐ横にある従僕の顔見たが、彼は依然としてネルソンをじっと見守っている。ふっと、生暖かい息がエリーシャの内腿を撫でた。

「あ……」

 エリーシャが視線を下腹の方へ向けると、葉を食べ始めたネルソンが頭をゆるく上下に動かしている。その度にニンジンは軽く引っ張られ、エリーシャの中を刺激した。その控えめな愛撫がもどかしく、エリーシャは腰をくねらせた。

「っ……ん…………」

 ぴくんと主人の顎が上がる様を見て、その耳元にマオリクは囁いた。

「ほら、軽く引っ張られただけでは抜けないでしょ。エリーシャ様のあそこがニンジンを締め付けているんですよ。……なんて羨ましい」

 ぼり、と鈍い音がしてネルソンがとうとうニンジンの頭に食らいついた。固い歯が咀嚼する低い音が耳に届く。エリーシャは慌てて腰を引こうとするが、がっちりと脚に回ったマオリクの腕はそれを許さない。

「いや……。怖い。噛まれちゃうわ……」

「大丈夫です。ネルソンが一度だってエリーシャ様に噛み付いたことがありますか?」

「な、無いけど……」

 ぼり、ぼり……。ニンジンは減って行く。馬の生暖かい息と髭が、さわさわとエリーシャの内腿をくすぐり、肌が粟立つ。締め付けたまま膣内が戦慄いているのだろう。はだけたブラウスの裾の向こうで、誘うようにニンジンがぴくぴくと揺れている。

 それを見たマオリクの喉がごくりと小さく鳴ったのをエリーシャは聞き逃さなかった。マオリクも、欲情している……。そう思うとエリーシャの不安の波もいくらか凪いだ。

「ネルソン、どうだ? 美味しいだろう。エリーシャ様の汁がたっぷりと絡み付いていて。あ、ほら、伝って垂れてる……。よく味わうんだよ」

「そん……な…………っあん!」

 突然、ぬぷりとニンジンが勢いよく引き抜かれ、膣内に尾を引くような摩擦と開放感に思わず声が高くなる。ネルソンは脚の間で最後の一欠片を噛みながら、黒々とした無垢な瞳でエリーシャをじっと見つめている。その視線を直視出来ず、彼女は目をつぶった。

「ひゃ……!」

 その直後、突然、人のものとは比べ物にならない肉厚の感触が襞を押し開くようにして、エリーシャの濡れた脚の付け根を擦り上げた。そして、それはさらに連続して続く。

「ひ………ひっ、や、やん、や……あ……」

 馬の舌がエリーシャの秘部から離れる度に、交じり合った唾液とエリーシャの体液がねっとりした糸を引く。

 今まで経験したことの無い刺激に、彼女は思わずマオリクのシャツの腕に爪を立てて耐えていた。

「どうですか? 気持いいですか? ネルソンはそれは美味しそうにエリーシャ様を味わっていますよ」

「ん……あぅ…………っや……。ゆるして…………」

 いやいやと小さく首を振りつつも、愛らしい唇からは艶かしい吐息が絶え間なく洩れている。長い舌全体で押し付けられるようにクリトリスをべろりべろりと舐め上げられると、腰のあたりがなんとも心地よい浮遊力に包まれる。

 しかし、その動物の舌の甘い愛撫によって生まれる快楽はいつまでも潤んだ亀裂の辺りで燻るばかりで、求める場所には一向に届かない。体の奥でますます募り、暴れる情欲にエリーシャは気が狂いそうになっていた。

 そしてそんな彼女が出来ることとは、ただ、望みを叶えてくれる相手に哀願することだけだった。

「やだ……、いや……いやよ。ネルソン、じゃなくて………っ……マオ……、マオがして…………マオ、ちょうだい…………マオの……」

「どこまでも我がままなご主人さまだ」

 それでも、彼は主人の尻を馬の口から引き離すと、そのまま干し草の広げてある馬房にエリーシャを押し倒した。エリーシャが何かを言う前に、その唇に貪り付く。エリーシャの腕がすぐにマオリクの首に絡まり付く。主人の脚を大きく広げたその間で、性急な手つきで自分のズボンを下げると、張りつめ、血管の浮いた怒張を散々馬に弄ばれていた場所に突き刺した。

「は……あん!!」

 マオリクの動きには始めから容赦がなかった。たっぷりと腰を引き、力任せに突き上げる。そのペニスを絞り上げるように吸い付いてくる中の感触と、膨れ上がった官能がマオリクの息を詰まらせた。それでも額に汗を滲ませ、彼は激しい抽送を繰り返しながら、主人の乳房に狂ったように舌を這わせて固くなった乳首にむしゃぶり付いた。

「はっ……あ…………いいっ……! いいの、……まお………そこ……っ」

 柔らかなブロンドの髪を弄り、エリーシャはさらにそこに執事の顔を押し付けて息も絶え絶えに嬌声を漏らす。すると、突然マオリクは動きを止めた。エリーシャは快楽に打ち拉がれ、焦点の合わない目で真上から自分を覗き込む顔を見た。男は乱れた吐息の合間に、掠れ声で呟いた。

「私はエリーシャ様の奴隷であり、執事であるわけですが。……ただ、」

 エリーシャには、マオリクの瞳に浮かんだ冷たい光に怯えた。

「恋人にはなり得ない」

 エリーシャの大きな瞳が揺らぐ。マオリクのよく知る、泣き出す一歩手前の顔だ。

 自分だけがエリーシャにこんな顔をさせられるのだ。他の誰でもない。自分だけが。マオリクはその悦びをいま一度噛み締め、主の片脚を掴んで軽々と肩に掛けると、無我夢中に己を打ち込んだ。「あっ」と小さく声を上げたエリーシャの、自分に向けられていた顔が不意打ちの快楽に歪む。しかしそれも束の間、濡れた肌の打ち合う、パンパンという音が高くなれば、喜悦に開いた唇から喘ぎがこぼれる。

「まお………っ、あぁ…………ッ! マ……オぉ………」

「泣かないで、エリーシャ様……愛しています、エリーシャ様……ずっとお側に…………」

 自分を求めて空を掻く細い指にマオリクも自分の指を絡め、しっかりと握る。執事の暴威を全てその身に受け止め、淫靡に腰を振る主人をうっとりと見下ろす。

 自分だけが、エリーシャを淫らにさせられるのだ。他の誰でもない。自分だけが、主人を満足させることが出来るのだ。

「可愛いですよ、エリーシャ様……とても、気持がいい………」

「っは……わ、わたし、も………っ………ぁ! あ……っ……!」

 マオリクの激しい律動にエリーシャが戦慄き始める。白い喉が反り返り、抱え上げた脚がぴんと伸びてマオリクの肩を押し返した。手の甲に彼女の爪が食い込む。彼は最奥のさらに奥に尖端を埋めるように何度か叩き込むと、女主人は声にならない悲鳴を上げ、全身を痙攣させた。

 エリーシャが一旦部屋に戻り、着替えている間にマオリクは言いつけ通り牡馬(ぼば)、ダイアナに鞍を付けていた。そうして結局エリーシャは、約束であったエフライムのところへ出掛けて行ってしまった。たった一つ、唇に触れるだけのキスをして。

 エリーシャ様は帰ってくるのだろうか。

 最近、エフライムの訪問が多くなっていた。そのほとんどが約束無しの。そして、エリーシャを呼び出す回数も増えたのは気のせいではない。

 エリーシャ様は約束無しの訪問を一番嫌われるのに、エフライムには嫌な顔一つせず迎え入れる。それはまだ、『元婚約者』への想いがあるからではないのか。エフライムがもう一度口説いたら、エリーシャ様はよりを戻すのではないか。大体、別れた理由ははっきりとは聞かされていない。婚約解消は何かの誤解が原因で、それが時間とともに解決していたとしたら……。

 そう思うと、射ても立ってもいられずにマオリクは馬房を飛び出し、自室に戻って急いで外出の支度をした。

 顔を洗い、丹念に髪を梳く。皺一つ無い白いシャツのボタンをとめ、タイを締める。ベストとジャケットの上にキースリング家の家紋が襟に施された外套を羽織ると、用意させた馬に飛び乗り、拍車を入れた。

 エフライムの屋敷に着くと門番にエリーシャを迎えにきた旨を伝えるが、約束も紹介状も、エリーシャの言付けもないマオリクがその門を通るチャンスは無かった。

 そうなのだ。これが普通なのだ。約束も地位も無い者はこの門の内側にだって入れないのだ。

 マオリクはそれでも馬に乗ったまま、門の前で広い庭の向こうのドアから主人が出てくるのを待っていた。暮れかけた西日が空を桃色に染めていた。

 しばらくして、エフライムに付き添われたエリーシャが玄関の外に姿を現した。彼女は遠目にもマオリクを見つけ、驚きを一瞬見せたが、すぐにそれは喜悦の笑みに変わる。くるりと体を翻し、背後に立っていたエフライムの頬に別れのキスをすると、馬丁の連れて来たダイアナに股がった。門を出て、マオリクと並んで馬を歩かせる。

「待っていてくれたの? 私を呼びだしてくれればよかったのに。夕方の風は冷たかったでしょう? わざわざ迎えにこなくてもよかったのよ」

「もちろん、待っていますよ……そろそろ、暗くなりますからね。エリーシャ様が怖がるかと思いまして」

「やあね。慣れた道なのに……」

 ふと、エリーシャは馬上でマオリクから身を引くようにして改めてその全身に視線を走らせた。

「……その上着、そろそろ新調した方がいいわね」

 確かにそれは袖が短くなってシャツが出ていたし、肩幅も窮屈になっていた。

「明日、仕立て屋を呼びましょう」

「ありがとうございます、エリーシャ様」

 街の外灯《ランタン》に火を入れて歩く男の脇を通る時にエリーシャは馬を止め、その様子をじっと見つめた。

 先が二股に分かれた細い鉄棒の先の片方でうまくランタンの窓を開き、もう片方に備え付けたろうそくの火で、中のオイルに火を灯して行く。それは珍しい光景ではない。

 しかし、マオリクは薄暗がりにぽつぽつとオレンジ色の光が浮かんで行くのをみながら、その外灯は自分だと思った。ひとつひとつ、あのようにしてエリーシャへの恋心に火が着いて行ったのだ。

 そうだ。もう一年。

 マオリクがエリーシャに仕えて既に一年経とうとしていた。