大嫌いなあの子の、パパ

 みさとは一人、そうめんと天ぷらの夕食をすませてから二階の自室に行くと、すぐに机に向かい、フランス語のテキストを開いた。
 大学二年生になって選択した、フランス語のテストが近い。みさとはテキストから拾った単語をレポート用紙に書き連ね、暗記する作業に勤しんでいた。
 湿気を含んだ涼風が、時折レースのカーテンをふわりと持ち上げる。
 しばらく勉強に集中していたが、外から賑やかな声が聞こえてきて手を止めた。仲間と食事に行っていた父親が、そのまま皆を連れて帰ってきたようだ。 
「あ……。そっか、土曜日だもんね」
 父親はほとんど中毒と言っていいほどの麻雀好きだ。それでも親子三代続く工務店の頭である以上、平日は真面目に仕事に励んでいるものの、週末になると地元の仲間を集め、全身全霊をかけて麻雀に挑む。それも、家族の「夜中までうるさい」という苦情対策に、庭の物置を改築した『麻雀サロン』で、だ。
 とはいえ、祖父母は老人会の温泉旅行へ行っていたし、歌舞伎好きの母親は、「夫が好きなことをしてるなら私も」と、今日は泊まりがけで東京へ歌舞伎鑑賞へ赴いていた。
 スマホの時計を見ると九時前だった。冷蔵庫から作り置きの麦茶と、グラスを四つ盆に載せ、居間の縁側から庭に出る。
「こんばんはー。麦茶どうぞ」
「おお、みさとか。気がきくな……ううん……これはどうしたものか……」
 六畳あるかないかの部屋の中央に、全自動麻雀卓が置かれている。そこに中年男が四人、卓を囲んでいた。エアコンをつけているが、室内は夏の暑さとは違う熱気が満ちていた。
 父親は台から顔を上げもせず、手持ち牌をにらんでいる。
「あら、そんなの捨てて大丈夫なの? タイちゃん」
 常連である和菓子屋の親父は、みさとの父親が手放した牌を見て嬉しそうな声をあげた。
「みさとちゃん、そんな短いパンツ履いてたら、おじさんの血圧上がっちゃうよ。おまけに生足。ちょっと、坂口さん、注意したほうがいいんじゃないの、お宅のお嬢さん」
 みさとは隅のカラーボックスの上でグラスに麦茶を注ぎながら、コンビニ店長の松下をにらんだ。しかし、相手に悪びれるようなそぶりはまったくない。なにしろ、みさとが小さい頃からの付き合いだ。今更、臆するものもないのだろう。
 今日の面子は和菓子屋の蒲田、まだエロい目で脚を見ている松下、そして珍しく「岩井さん」だった。
 岩井は父親と同じ工科大学の後輩だ。確か父親の三つ下だと言っていた。すると四十四歳になるはずだが、お腹もまったく出ていないし、三十代後半といってもまだいけそうだ。仕事はIT関係という。普段は忙しくて滅多に麻雀会に来ることはない。
 今日も週末なのに会社帰りらしく、一人だけワイシャツにスラックス姿だった。
 みさとが麦茶のグラスを小さな補助テーブルに置くと、岩井は顔を上げて「ありがとう、みさとちゃん」と、メガネの奥の目を優しく細めた。それを見てドキッとする。若作りもさることながら、インテリタイプの岩井の顔は実はみさとの好みだった。
「ど、どういたしまして。お久しぶりです」
「みさとちゃんは元気そうだね」
 そう言いながら、山から牌を取る。その形のいい手に自然に目がいってしまう。
 きちんと爪が切り揃えられた綺麗な指。そして、ちょっと思案する細面の横顔。
「みさとちゃんなら、何を切る?」
「え、私?」
 つまんだ牌を軽く台に打ち付けている指先に見惚れていると、いきなり尋ねられ、動揺した。
「そ、そうですね……。キューピンかな……。もう、みんな結構切ってるし……」
 昔、家族麻雀を(たしな)んだ記憶を呼び起こし、答えた。
「岩井、みさとに聞くなんておしまいだぞ」
 父親が喉を鳴らして麦茶を飲み、言った。
「でも、勝利の女神かもしれませんし。じゃあ、キューピン切ろう」
「ま、負けちゃっても責任取れませんよ!」
 みさとは慌ててテーブルから離れ、サンダルに足を突っ込む。ドアノブを握ったところで、岩井が呼び止め、自分の携帯電話を差し出した。
「みさとちゃん、悪いんだけどおうちでこれ、充電してもらえないかな」
 部屋の角を見ると、コンセント差込口は、すでに他のメンバーの携帯電話が占領していた。
「いいですけど、かかってきたらどうします?」
「もう、この時間だし誰もかけてこないから、大丈夫」
「じゃあ、居間に置いておきますね」
 ケータイを受け取った時、一瞬交えた視線に、みさとは寂しそうな影を見逃さなかった。
 居間に戻り、テレビの横で岩井の携帯を充電する。目立つところに置いておけば、居間に入ってすぐにわかるだろう。みさとはそのままお風呂に入り、部屋に戻るとラップトップを立ち上げた。勉強は明日にしよう。
 パンツ一枚にデカTシャツという格好で、ベッドの上に寝転んでお気に入りのショップのサイトを見ていたが、可愛い洋服や靴を見ても、なぜかテンションが上がらない。
 いつのまにか風が強くなり、レースのカーテンが音を立ててはためいた。
『誰もかけてこないから、大丈夫』
 ふと、岩井の寂しげな声が耳に蘇った。
 岩井は数年前に離婚している。それをなぜみさとが知っているかというと、彼の娘がみさとの同級生だったからだ。
 娘の岩井真奈美は、中学卒業と同時に母親と、母親の実家に戻ってしまった。
『岩井は浮気するような男じゃないからなあ。嫁さんの方かもしれんなあ』
 結局、その理由は岩井の先輩である、みさとの父親も聞き出せなかったらしい。しかし、その噂は静かに、しかしこの界隈では誰の耳にも入っていた。
 ちょうどその時、部屋をノックする音がして心臓が跳ねた。父親じゃない。父親ならノックなんてしないでいきなり入って来る。
「は、はい?」
「みさとちゃん? ちょっといいかな。もう帰るんで」
 岩井だった。ディスプレイの時計を見ると、すでに十一時を過ぎていた。
「どうぞ」
 みさとがベッドに正座すると、岩井がドアから顔をのぞかせ、携帯電話を見せた。
「これ、ありがとう。遅くまでお邪魔してごめんね」
「え? もう終わったんですか? いつもなら日付変わってもやってるのに」
 彼は可笑しそうに笑った。
「実は、あれから僕が一人勝ちして、みんなつまらないって、早々に切り上げて飲みにいっちゃったんだ。ほら、小百合ママの店に」
 それもいつものことだった。ただ、今日はちょっと時間が早いだけで。それでも泥酔して帰って来るのは明け方近くだろう。
「みさとちゃんのおかげかな。本当に勝利の女神だった。ありがとう」
「そ、そんなこと、ないです」
 顔の前でパタパタと手を振ると、岩井はそれに応えるように片手を上げた。
「みさとちゃんも夜更かししないようにね。あと、戸締りはちゃんとして。じゃあ、おやすみ」
 岩井の姿がドアの後ろに消え、それが閉まる直前に、みさとはつい声を上げていた。
「あのっ、真奈美……元気ですか?」
 言ってからしまった、と思った。でも、もう遅い。もう一度ドアが開き、岩井が部屋の入り口に立った。いつも目にするのは座っている姿だったのでわからなかったが、岩井は意外と背が高く、頭はドア枠に触れそうだった。彼は困ったような、なんとも言えない顔をしていた。
「えっと……」
 みさとがTシャツの裾から出た膝頭に目を落としながら次の言葉を探していると、すっと視界に影が差した。すぐに視界に携帯電話が入ってくる。思わず受け取り、画面を見た。そこに笑顔の真奈美がいた。薄くメイクをし、グッと大人っぽくなっている。
「新しい携帯を買ったらしくて。元気みたいだ」
「良かったですね」
 実は、真奈美が元気だろうが、そうでなかろうが、みさとにはどうでも良かった。
 できれば、元気じゃない方が良かった。みさとは中学三年の時に、自分の好きな男子生徒を奪った真奈美が大嫌いだった。
 それも、真奈美はみさとと彼とを仲介するふりをして、姑息に、周到に横取りしたのだ。
 だから正直、真奈美がこの街から消えてくれて清々していた。
 岩井にことわり、いくつか写真をスクロールして見た。知らない街を背景に、いろんな真奈美がいた。悔しいが、すらりとした体型の彼女はどれも、可愛い。
 自分は今日までほとんど真奈美のことを忘れていたが、向こうもみさとのことも、そして自分がしたことさえも忘れて、のうのうと新しい場所で暮らしているのだ。
(憎たらしい)
 みさとの胸にどす黒い雲が渦巻いた。
 その気持ちに呼応するように、遠くで雷が鳴る。ハッとして顔を上げると、雨の匂いを含んだ風がカーテンを大きく揺らしていた。
「写メはこうしてたまに送ってくれるけど、なかなか会えなくてね。遠いし、こっちも忙しいから仕方ないんだけど」
 岩井が隣に腰掛け、長いため息をついた。
 メガネを取り、まっすぐな鼻梁の付け根を指先で揉んだ。額にかかる前髪に、少し白髪が混じっている。
(でも、岩井さんって、かなりいいセンいってるよね……。真奈美もお父さん似だな)
 特に、骨ばった大きな手がいい。みさとから携帯を受け取る手に視線が吸い寄せられる。それがスラックスのポケットに消えると、みさとはつい、追いかけるように彼のワイシャツの肘をつまんでいた。
「みさとちゃん?」
 覗き込む視線を避けるように、俯いた。
「あの、岩井さん、今日麻雀勝ったの、私のおかげだって……」
「うん。満貫二回出たからなあ」
「じゃあ、一つ、お願い聞いてもらってもいいですか。お礼がわりというか……」
「いいよ、なに? 難しいことじゃなかったら」
 声で相手の顔がほころんだのがわかった。一つ息を吸って、勢いよく顔を上げた。わざと大げさな手つきで自分の肩を叩く。
「肩揉んでください。根詰めて勉強してたんで、肩凝っちゃって。ちょっとでいいから」
「ああ、なんだ。そんなこと」
 相手は片膝をベッドにあげる形で、みさとに向いた。みさとはラップトップをベッド脇のテーブルに置いて、そのまま岩井に背を向けて背筋を伸ばした。
「お願いしまーす」
 わざと明るい声を出す。
「はい。強かったら言ってください」
 岩井もみさとの調子に合わせ、ちょうどいい力加減でコリをほぐしていく。
「あ、岩井さん、上手かも」
 やっぱり、気持ち良かった。少しでもいいから、この手に触れられてみたかった。引き止めたのはただ、それだけの理由だった。
「みさとちゃん、若いのに相当硬いよ。もっと運動した方がいいんじゃないか」
「やっぱ、ヨガとかした方がいいのかなあ」
「水泳もいいって言うよね」
 うーん……。そう喉を鳴らしたきり、みさとは黙った。大きな手の温もりがシャツ越しに肌に沁みていく。岩井も話しかけてはこず、ゆっくりと手を動かしている。静寂の向こうで、再び雷が鳴った。重く、鋭い音の後に空気が震えた。肩の上の手が止まる。
「近いね」
「岩井さん、雨降る前に帰った方がいいかも」
 みさとが振り向くと、相手はなぜか目をそらした。
「そうだな、そうしようかな……」
 岩井が腰を浮かした途端、「ドカーン」と大きな音がして、部屋の電気が消えた。
「きゃあ!」
 視界が暗転し、みさとは反射的に岩井の首にしがみついていた。まるでたくさんの砂利が一気に落ちてきたかのような音をさせて、雨が屋根を叩き始める。
「大丈夫。大丈夫だから、みさとちゃん」
 雨音に混じり、ゴロゴロと空は唸っている。
「怖い……」
 岩井はみさとの体に腕を回し、宥めるように頭を撫でた。もう一度落雷し、みさとは本気で恐怖を感じて、さらに相手の胸に身を寄せた。
「すぐに止むから。大丈夫だよ」
 岩井の腕に力がこもると、守られているという安堵からため息が漏れる。そのみさとの耳の近くで、岩井が鋭く息を呑むのを聞いた。
 その時になって初めて、みさとは二人の距離があまりにも近すぎることに気がついた。
 自分はほとんど岩井に抱きかかえられるようにして、胸と胸を密着させている。合わせたお互いの胸の鼓動が高く、早くテンポを刻むのがわかった。急に息苦しくなり、息を吸うと、整髪料と彼自身の匂いが鼻腔をくすぐった。今まで嗅いだことのない男の香り。しかし、なぜか無性に切なくなる。
 その時、脳裏に真奈美の顔がよぎった。

 私の好きな人を奪った大嫌いなあのコ。

 

 なら私だって、真奈美の大事な人を奪っても、いいじゃない?
 その邪な思いを暴くかのように、チカチカっと蛍光灯が瞬き、突然部屋が明るくなった。
「ああ、良かった」
 頭の上で、岩井のホッとしたような声が降ってくる。それでも、みさとは相手の首に腕を回したまま、動かなかった。 
「みさとちゃん?」
 相手が退く気配に、さらに体を押し付けた。そして首筋に顔を埋めたまま、言った。
「もっと……、気持ちよくして」
 体に、岩井の緊張が伝わった。断られると思った。
(当たり前じゃない。私、何言ってるんだろう。超恥ずかしい……)
 照れ隠しに、クスッと鼻で笑った。「なーんてね」、そう言おうと腕をほどきかけた時、しっかりと抱きしめられた。髪に顔を埋めてきた岩井の唇が、耳をかすめた。 
「じゃあ、覚悟して。おじさんはしつこいから」
 低い声音が鼓膜に染み入り、それだけでゾクゾクっと背筋を戦慄が走った。
 みさとが彼の肩口で頷くと、優しく腕が解かれた。岩井がわずかに距離をあけ、向かい合う。そっと外した眼鏡を、腕を伸ばしてラップトップの上に置いた。
 みさとはその自然な動きを、伏せた目の端で見ていた。
「Tシャツ、脱がすよ」
 岩井の両手が、シャツの左右の裾をゆっくりとめくり上げていく。恥ずかしさで耳を熱くさせているみさとの視界に、太腿が、水色のショーツが、おへそが現れていった。
「腕を上げて」
 囁き一つで、まるで催眠術にかかったように腕は無意識に上がり、一瞬視界が遮られたと思ったら、シャツが腕から抜かれていた。
 みさとは思わず両手で自分の体を抱きしめた。岩井はその手首を片手で掴む。
「ダメだよ。ちゃんと見せてごらん」
 そう言って、顔を覗き込みながら右腕も下ろした。
 下着のつけていない胸が、露わになる。相手の目が、少し見開いた。
「意外と大きいんだね。乳首もピンクで、すごく綺麗だよ」
 岩井は露わになった乳房を、下からすくい上げるように軽く揺らしながら、熱のこもった声音で言った。
「そん……な、じっと見ない……」
 みさとが言い終わらないうちに肩に手が置かれ、ベッドに押し倒されていた。岩井はすぐに乳房を両手で包み、指を食い込ませるようにして揉んでくる。
「あはぁっ……」 
 峻烈な刺激に思わず声をあげ、みさとは慌てて手の甲で口を押さえた。
「この乳首と乳輪……。今度イーピン見たら、みさとちゃんの乳首を思い出しそうだ」
 岩井の言う麻雀牌の一つを思い出すと、みさとは恥ずかしさにいやいやと頭を振った。それでも胸から断続的に送り込まれる刺激に、息を乱して肢体をよじらせる。
「イーピンが他の奴らに触られてるの見たら、俺、嫉妬しちゃうかも」
 両の乳首を指先で捻りあげられた。その痛みと「嫉妬」という言葉で体に火がついた。
 岩井は執拗に乳房を下からたぷたぷと揉み捏ね、再び桃色の突起をキュッとつまんだ。
 甘美な電流が流れ込み、体がびくんと跳ねる。
「乳首が、気持ちいいの?」
 岩井は小さな反応さえ見逃さずに囁いた。恥じらいながらも、頷く。
「もう感じてるの? 本当は肩じゃなくて、こっちを揉んで欲しかったんだね」
 囁いた唇が耳たぶを挟んだ。濡れた舌がくちゅくちゅと耳を舐めしゃぶる水音がダイレクトに鼓膜を刺激し、体中を舐めまわされている気分になる。
「は……ぁっ、ぁあっ……。違う、の……そうじゃなくて……」
 淫らな音が思考に絡みつき、否定の言葉をうやむやにしてしまう。
 岩井は外側から内側へ、乳房を寄せるようにしながら乳房を揉み続ける。その手の動きに合わせて、体の芯がジンジンと重い脈を刻む。体中が疼き、たまらずに内腿をすり合わせた。耳を弄んでいた舌が首筋を下りていくと、喘ぎ声が震えた。
「こんなに乳首硬くして、違うって、ないでしょう」  
 尖端を指先で弾かれると、一直線に下腹部へと快感が走り抜けていく。それが、疼く花芯を包み、みさとは小さく喘いだ。
 岩井は唇を重ねてくる。喘ぎに開いた唇に舌が差し入れられると、みさとは飢えたように相手に絡みつかせた。岩井はわざとピチャピチャと唾液の音を響かせながら、顔の角度を変えてキスを深めていく。
 同時に、すっかり硬くなった乳首を二本の指先でつまんでみたり、揉みしだいたり、引っ掻いたりと、決して愛撫の手を止めない。
「ん……ふ、ぅ……ん」
 激しくなるキスに合わせる余裕もなくなり、みさとはただ喘ぎながら相手を受け止めた。
 みさとがぐったりすると、岩井はキスを止め、浅い呼吸に震える胸に顔を埋める。
 乳房のふちをねっとりと舌先で舐められ、くすぐったさに下半身がさらに疼きだす。
「ちゃんと見て。みさとちゃんのびんびんの乳首」
 言われるままに、頭を少し上げた。
 すると、尖った赤い舌先が乳首を何度も爪弾き、唾液がまぶされた蕾が淫靡な艶を放つ様子が生々しく見えた。
 その淫らな光景が直視できず、視線を上げると、間近に迫ってきた相手と目が合う。
 奥二重の狡猾そうな目、鼻筋の通った高い鼻。みさとが焦点の合わない目で見つめていると、彼は、形の良い薄い唇で乳首を挟んだ。そのまま口内で弄び始める。
「そ、んな……吸っちゃ、だめ……」
 相手はみさとの言葉を無視し、口内で乳首を転がしては、絶え間なく乳房を揉んだ。
 乳房をほおばるように大きく咥えられ、唾液ごと吸い上げながら双乳に指を食い込ませられると、甘い旋律が背筋を駆け抜け、みさとはじっとしていられなくなった。
 ひゃあああんんっ、食べない……で」
 涙目で岩井を見下ろすと、彼はチュパっと音をさせて乳首から口を離し、口角をあげた。
 その顔は、妻と娘に出て行かれた男とは思えないくらい、傲慢で、色気があった。
「そんなエッチな声を出して、だめ、じゃないだろう? みさとちゃんが感じている証拠、見せてあげようか?」
 甘い愛撫で意識を朦朧とさせていたみさとは、抵抗することを忘れていた。
 岩井は右手を下腹に下ろすと、ショーツの底を指でなぞり始めた。指先に押され、襞が滑るのを自覚した。
「や、やめて……」
「あんな短いショートパンツを穿いて、誘ってたんだろう? もしかして、松下の方が良かった? 脚見られて嬉しそうだったもんな」
「そんな。私、そんなつもりじゃ……」
 岩井は責めるように囁くと、乱暴に唇を塞いだ。すぐに、荒々しい動きで舌先がみさとの口内をかきまわす。強く舌を吸われ、それだけで昂ぶってしまい、鼻からくぐもった声が漏れた。舌を相手に擦り付け、無我夢中で応える。もっと淫らになりたいという、自分の気持ちが暴かれそうで怖くなったが、それよりも気持ち良さがずっと優っていた。
(今は誰にこんなキスをするんだろう。やっぱり彼女がいるのかな……)
 甘く麻痺していく頭の後ろで、そんな疑問がふと湧いた。
 しかし、舌をねっとりと動かされ、甘噛みされると、そんな思いもかき回され、消えた。
 キスの合間の、男らしい息遣いを感じて、頭の中がくらくらと痺れてくる。
 自然と溢れてくる唾液を音を立てて啜られた。こんなふうに激しく求められるのは、今付き合ってる同い年のカレシにはなかったことだった。
 息を乱して唇を離した岩井は、そのままみさとの首筋から胸へと肌に鼻を押し付け、匂いを堪能するように息を吸いながら体を下にずらしていった。
 開かせた脚の間に体を割り込ませると、指をくぼみに沿ってゆっくりと往復させた。そこだけ触れられていると、徐々に感覚が敏感になっていく。
 みさとは本気で恥じらい、腰を振って逃げようとした。だが、岩井は太腿を押さえた手に力を込めた。
「気持ちよくなりたいんでしょ?」
 淫靡な行為とは相反して、彼は、みさとを穏やかに見詰めていた。内腿をすっと指先で撫でられ、力が抜ける。せつな、岩井は股間に顔を埋めた。
「洩らしたんじゃないのか? パンツが濡れすぎだ」
 布越しに指をゆったり往復させながら、嬉しそうに言う。
「いや……」
 いやと言いつつ、みさとはすでにそこが潤んでいるのを自覚していた。岩井に、どこを触れられても、すぐにそこが熱を帯び、四肢の先まで広がる疼きに我慢できなくなる。
 みさとは困ったように腰をもじもじ揺らし、甘えるように促した。
「みさとちゃんの表情も、ここも……」
 岩井はくぼみへ指を軽く押し込んだ。じゅん、と中から溢れたのがわかり、ひくんと膣口がわなないた。
「こんなにエッチだとは思わなかった」
 口調と同じように、指はゆっくりとしか動かない。
 みさとはふと、視線を下に向けた。自分の脚の間にいる男の股間が、はっきりとテントを張っている。
 勃起した男性器はすぐに女の中に入り込もうとするのだと思っていた。少なくとも今のカレシはそうだ。けれど、岩井は辛抱強い。それが大人ということなのだろうか。岩井はみさとをどこまでも追い詰めようとする。
「ね……ねえ」
「まだ、ダメだ」
「下着、汚れちゃう……」
 さっさと脱がせて欲しい。直に、触れて欲しい。じれったくてならなかった。
「でも……。可愛いみさとちゃんをあんまりいじめたら、かわいそうだからな」
 そう言いつつも岩井はショーツを脱がさず、クロッチ部分の脇から指を入れ、秘裂を探ってくる。襞の間をなめらかになぞる指の感触に、思わず奥歯を噛み締めた。
 もどかしいほどゆっくりと動く欲情がさらに募る。『早くちょうだい』と言ったら、はしたない娘だと、淫乱だと呆れられるだろうか。
 岩井に軽蔑されるのは嫌だ。そう思うと、切望とは裏腹な言葉がこぼれ出る。
「……いや、そんなとこ……」
 指が合わせ目の内側に入り込んだ時、みさとは内腿を震わせ、細く息を吐いた。指は濡れた花弁を撫で回し、花芯を探るようにゆっくりと蠢く。
「すごいよ。もう、とろとろだ」 
 一旦抜いた指を下着に持っていき、岩井はそれを一気にずり下げた。あっという間に足首から抜き取る。みさとは思わず顔を上げ、両手で股間を隠した。
「こんなに濡らして。これで興奮してないって、もう言えないよね」
 裏返して下着のシミをみさとに見せつけた岩井は、おもむろにそれに鼻を当ててこちらに聞こえるほど、大きく息を吸い込んだ。
「はぁ……。いやらしい匂いだ。でも、ずっと嗅いでいたくなる」
「に、匂い嗅がないで……。変態……」
「変態? 褒めているのに、そんなこと言うんだ。じゃあ、もっと変態らしくしないとな」
 彼はショーツをベッドに落とし、股間を覆っている、みさとの手を取った。
「ほら、その変態にここをいじられて、どうなってるのか見せてごらん」
「いや……。明るいから……」
「そうか……」と、岩井はため息をついた。
「嫌ならしょうがないね。やめようか」
「え……」
 ベッドがギシ、と軋み、岩井が身を引く気配に続いて、触れていた手が離れる。
 不意に突き放され、快楽と寂寥の間で宙ぶらりんになったみさとは、困惑し、次の瞬間に口走っていた。
「もっと……して」
 相手はいぶかしむように目を細めたが、すぐに勝ち誇ったように薄く笑うと、左手でぐいと膝を割り、指先で秘裂をかき混ぜ、ぬちぬちと音を立たせた。
「そうだよねえ、みさとちゃんも、もっと気持ちよくなりたいでしょ?」
 すぐに花芯の根元を捉え、蜜をくるりと塗りつける。それだけで、みさとは喘ぎを洩らした。触れるか触れないかの力加減で充血した花芯を撫で回されると、みるみるうちに総身の力が抜けていく。
 しかし、みさとは岩井に再び触れられ、心から安堵していた。あまりの心地よさに、今度こそ何をされてもいいという気持ちになる。
 彼は、敏感になった蕾を優しく転がしたと思うと、優しく、小刻みにしごき始めた。その焦らされるような、余裕のある愛撫に、じわじわと愉悦が引き出されていく。
「ん…‥っ、そこ……きもちいい……」
「うん。みさとちゃんの可愛い蕾が、ピクピクしてる」
 その瞬間、指が淫裂の中心にググッと潜り込んできた。
「あああぁっ」
 乳房への愛撫とキスで、すでに蕩けきった隘路が、嬉々として男の指を迎え入れるのが自分でもわかる。感極まり、熱い涙さえ溢れた。
 ゆるりと奥まで入った指は関節をくねらせ、媚肉と戯れている。緩やかな力具合とは裏腹に、指が動くごとにねち、ねちと水音が漏れる。
「みさとちゃんの下の口が、涎いっぱい垂らして俺の指をしゃぶってる」
 みさとは岩井の淫らな言葉に一層興奮をかきたてられ、胸を波打たせながら、巧みな指戯にいっそう大きく腰をくねらせた。
 指を深く含ませたまま、円を描くように動かされる。気持ちいいところに指が当った拍子に、悪寒のようなものが背筋を走り抜け、みさとは思わずシーツを握り込んだ。
「敏感なんだね。どんどん溢れてくる。狭いけど、もう一本入れてみようか」
 焦らされる肉体がますます劣情に燃え上がる。触れられれば触れられるほど、それが治るどころか、さらに貪欲になっていく自分をどうすることもできなかった。
「どうなの? もっと欲しい? なら、言わなきゃダメだよ」
「あぁ、……いじわる、しないで……」
「ここ、うねりまくって、欲しいって言ってるみたいだけど、みさとちゃんが嫌なら……」
 岩井は指を抜こうとする。
 すると無意識に腰が浮き、離れていく指を引き止めるように膣がキュッと締まる。
この人はなんて意地悪なんだろう。そう思いながらも、膨らんでいく欲情に逆らえない。
 みさとはすがるような眼差しで相手を見上げた。
「じゃあ、どうして欲しいか言ってごらん。おじさんは、みさとちゃんを気持ちよくしてあげたいからね」
「い、入れて……指……もっと……」
「どこに?」
「みさとの、濡れてるところ……奥に」
 快楽にぐずぐずに陶酔した顔をじっと見つめられているだけで恥ずかしい。
 それなのに自分から「欲しい」とねだらせるなんてみさとにとっては拷問のようなものだった。でも、その淫猥な仕打ちに、昂ぶっている自分がいる。羞恥が快楽をこれほど助長するなど、この時、初めて知った。
「みさとちゃんは素直で可愛いな。体はこんなに成長しても、まだまだ子供なんだね」
 岩井は素早くネクタイを解いてワイシャツを脱ぎ、スラックスとボクサーパンツを一気に下ろした。涙で歪んだ視界に、程よく鍛えられた上体が迫ってきた。広げられた脚の定位置に戻った彼は、満面の笑みを浮かべながらみさとを見下ろし、内腿を撫で回した。
 突然、両手で腰を掴まれ、くるりとうつ伏せにされた。
「キャ……」
「ああ、お尻もぷりっとして、桃みたいだ」
 大きな手が、さわさわと尻の上で円を描く。時折、指を食い込ませて強く揉まれるが、そんな愛撫も乳房への刺激とはまた違い、新鮮な性感を与えていった。
「すごくスベスベで、美味しそうだ……」
 岩井が囁いた直後、濡れた感触が肌に張り付き、みさとはピクンと尻をあげた。すかさず、その緩やかな曲線を、舌が這い回る。
「あぁん……くすぐったい」
 腰を揺らすが、両手でがっしり掴まれ、逃げられない。ヌメヌメと縦横無尽に肌に唾液を塗りつけていく舌は、まるで蠢く軟体動物のようだ。始めはくすぐったかったが、いつの間にか舌が肌を撫で上げる感覚に、ぞくぞくと肌を粟立たせていた。尻のあわいと、腿の付け根の線を舌が走るときには、膣口にキュンと力が入ってしまう。
 舌は尻の丸みだけではなく、腰のあたりまで満遍なく唾液を塗り広げていった。特に、尻の上部のくぼみをえぐるように舐めまわされると、まるで子宮そのものを舐められているような狂おしい官能に体が痺れるようで、腰を揺らさないではいられなかった。
 これも、カレシにしてもらったことはなかった。
 浅い呼吸に頭が朦朧としてきた頃、腰を押さえていた手が、みさとを再び仰向けにした。
「そうだ、ちゃんと言えたご褒美をあげようね。お尻、本当に美味しかったよ。うちの真奈美は男みたいなぺたんこの尻だからな……」
(真奈美と、比べられてる……?)
 一瞬、その言葉に違和感を覚えたが、突然体を貫いた指の摩擦に思考は弾け飛んだ。
 押し込まれた二本の指が、待ちわびて、ぐずぐずになった隘路にすぐに馴染み、呑み込まれていく。
「あぁあん!」
 一気に膣内を満たしきった指が、感じる場所を探して襞という襞を擦り上げてきた。
(あの指で中をかき混ぜられている……)
 岩井の綺麗な指が自分の愛液にまみれていると思うと、罪悪感を覚えつつ、さらに体は燃え上がった。じっとりと汗が噴き出してくる。
「だめぇ……許して……」
 指は中を優しくかき混ぜ、膣壁を擦った。腰が甘く痺れて花芯がひくひくと震えた。
「どんどん溢れてくる……、もったいないな」
 岩井が指の抜き差しをしながら花芯を唇で挟んだ。めまいがし、一瞬呼吸が止まった。
 舌で転がされている蕾から流れ込む快感が体中でうねり、たまらずに自分で乳房をつかんだ。尖りきっている先端を指先で転がし、捻りあげれば、快感がさらに増大する。みさとは、天井知らずに昂ぶる欲求を宥めるように、乳房を強く揉みしだいた。淫裂では舌先が動き回り、ピチャピチャといやらしい水音を立て続けている。
「いけない子だな。自分でおっぱいまでいじって」
 岩井が口元を愛液で光らせて、口角を上げた。
「だって……」
 離れた舌が恋しくて、せがむように腰を動かしてしまう。
「涙目で、指咥えたまま腰振るの、すごくエロい……大人をそんなに困らせるなよ」
 湿った吐息が陰唇に吹きかけられた。直後、蕾がちゅるちゅるっと吸われ、あっという間にみさとは絶頂に押し上げられた。
「ああん、あん……っ、やんっ」
 濡れた舌が、中で指が激しく動き出す。花芯が揺さぶられ、膣壁を熱い摩擦が襲う。
 よがり続ける腰も、自分で乳首を弄ぶ指の動きも、もう止められなかった。快感の波にのまれ、すでに上も下もわからない。ただ、欲情に濡れる淫部を岩井の口に押し付け、無言で、だが浅ましくねだり続けた。
 もう、指だけじゃ足りない。もっと太いものが欲しい。蕩けきった中を、硬いもので突き上げて欲しい。
「い、岩井さんっ……お願い、お願い……っ」
「どうしたの?」
 顔を上げて岩井は(うそぶ)いた。唇だけでなく、顎までみさとの溢れさせたもので濡れている。
「言わなきゃわからないでしょう?」
 彼は膣の中で指を回し、クチュリと音を立てた。それだけで、さらに内壁がざわめき、指を奥へ導こうとする。
「欲しい、の……入れて。岩井さんの……」
 恥ずかしさで岩井を直視できず、枕に埋めるように顔を逸らした。
「ねえ、こっち見て言って」
 みさとはこくりと唾を呑んだ。
「岩井さんの、入れて……ください……」
 相手が嬉しそうに目を細めると、目尻に細い皺が浮かぶ。
 おもむろに上体を起こして、みさとの脚の間に座り直した。 
「みさとちゃんは、わがままだなあ。まあ、可愛いから許すけど」   
 すぐさま膝裏を抱えられ、左右に割られた。潤みきった裂け目に肉塊の先端があてがわれ、それだけで襞が期待に震えた。熱い、鋼のような杭が、みさとを押し開いていく。
 ゆっくりと、丸い亀頭が粘膜に埋もれていく感覚に全ての意識が集中する。視界がピンク色に染まった。
 そのまままっすぐ、灼熱の剛直は膣壁を押し分け、根元まで深く沈んだ。ぐいとさらに突き上げられる衝動に、体が爆ぜた。子宮が今までにない力で圧されている。圧倒的な存在感に、みさとは埋め尽くされた。
「はぁ、あ、すごい……」
 岩井は男根を収めたまま、苦しそうに息をしている。みさとも、息がつまるほどの圧迫感に胸を波打たせた。
(彼のと、全然違う……すごく、太い……)
 ただ挿入されただけなのに、これほどの快感は生まれて初めての体験だ。中で彼の脈動を感じると、総身が震え、目の奥が熱くなった。
「あ、締まってくる」
 岩井は独り言のようにつぶやくと、がっしりと両手で腰骨を掴んだ。そのまま強く引き寄せられる。恥骨と恥骨がぴったりとくっつき合い、さらにつながりが深くなった腰が、早くもねだるようによじり出している。 
 相手が腰を引き、したたかに陰茎が打ち込まれた。傘を開いた先端がリズミカルに膣壁を擦り、子宮をぐいぐいと圧しあげる。
「あんっ、おっきい……、いわい、さあんっ……おっきいの……っ」
 抽送に合わせてじゅぷじゅぷと粘着音が鳴り響き、音はどんどん卑猥さを増す。
 時間をかけた愛撫ですっかり敏感になった膣内は、全てが性感帯になり、大きく引き抜かれ、したたかに貫かれるたびに快感に震えた。
「ああ……みさとの中、すごいよ。柔らかくて、キュッと締まって」
 呼び捨てにされたことと、淫猥な言葉がみさとの性感を煽った。
(こんなにいやらしいことを口にされて、辱められても、嫌じゃないなんて)
「いいよ……みさとが吸い付いてくる。ぐちゅぐちゅに濡れて、気持ちいい……」
 自分の中がどうなっていて、どんな淫らに相手を受け入れているのか。それを描写されるだけで、どんどんいやらしい気分になり、体の芯が燃え上がる。
「ああっ、奥に、当たる……あぁっ、いいっ、気持ちい……っ、あん、あんっ」
 いつの間にか、自分も抵抗なく淫らなことを口走っていた。自分のそんな言葉がまた自らを高めていく。岩井の動きがなお速度を上げた。
「俺も、やばい……、みさとがエロすぎて……反則でしょ……っ、腰、止まんない……」
 迫り来る快感に視界が揺らぐ。滑らかに粘膜をこすられるたび、自分の淫らな感覚がどんどんむき出されていく。爪先からひたひたと絶頂感が襲いかかってくる。
 体を揺さぶれられ、みさとは思わず相手の首に腕を、そして腰に脚を巻きつけた。 
 じっとりと汗に濡れた体に乳房を潰されると、相手の重みに、自分は完全にこの男に支配されているのだと悟った。
 でも、それが嬉しかった。胸の奥で愛しさが湧き起こり、岩井の全てを受け入れたいと思った。
 それだけで、穿たれている隘路がキュンキュンと収縮し、自分を貫いている逞しい形がくっきりと脳裏に浮かぶようだった。岩井が猛烈な勢いで男根を抽送させる。
 性器が溶け合ったような一体感の中、相手をさらに抱きしめ、抱きしめられた。
「はぁっ、でるっ!」
 結合部を密着させたまま、岩井は陰核を圧迫するように猛烈に突き上げてくる。最奥と鋭敏になった蕾へと、同時に衝撃を送り込まれ、みさとは一気に上り詰めた。
 目の前で光が弾けた。一瞬、息が止まる。
 相手が素早く陽根を抜き、恥丘と自分の体の間に挟んだ。その瞬間、先端から精液が勢いよく噴き出し、みさとの下腹に飛び散った。

 絶頂を味わった後、隣に横たわった岩井は、みさとをじっと見つめていた。
 その目には、自分を貪っていた男の欲望はすっかり消え、代わりにさっき見た寂しさが滲んでいた。みさとはその眼差しに全てを悟った。不思議だった。一度体を重ねただけなのに、岩井という男を知ってしまった。
 岩井に体をすり寄せると、みさとを抱きしめた彼が、あやすように髪を撫でてくる。
「もう、真奈美とは会わないで」
 胸に顔を埋めたまま囁くと、頭を撫でていた手が一瞬止まった。しかし、すぐに同じテンポで動き出す。
 みさとは少し乾いた相手の肌に額を擦り付け、カレシと違う匂いを吸い込んだ。
 雨はすっかり上がったようで、外はしんと静まり返っていた。