レッスンはホット&スウィート

「いろいろ考えたんだけど、初夏だし、メキシカンはどうかなと思って。『モーレ・ポブラーノ』っていうんだけど。鶏肉の煮込み料理。知ってる?」

  新城隆也しんじょう たかやが、鶏肉の塊に塩をすり込みながら調理台の向こうから真央に訊ねてくる。
 隆也は先月まで通っていたクッキングスクールの講師で、もとい、七部真央たなべ まおの大学の先輩だった。
 先日、真央が幼馴染の誕生日プレゼントに、せっかく習った料理の腕を振るいたいと彼にレシピを相談すると、休講日の今日、隆也が直々に料理を教えてくれる——プライベートレッスン——開催という運びになったのだった。

「訊いたことも、食べたこともないです。初心者クラスでは、やりませんでしたよね」
 真央はそう答え、ピカピカに磨かれた調理台の上に置かれた材料を、一つ一つ目で確認していく。
 ガラスのボールには皮を湯むきし、さいの目に切ったトマト。水にふやかしたレーズン、ドライパプリカに、玉ねぎ、アーモンド。白胡麻やシナモン、オールスパイス、コリアンダーシードなどのスパイスは計量され、小さな耐熱容器に小分けにされている。シナモンスティックの袋の隣にオリーブオイルのボトルと、袋入りのトルティーヤ・チップスにビターチョコレート。

「そう。結構好みが分かれるからね。あ、ソースで煮込んだ肉料理は一般に『モーレ』って呼ばれて、ポプラーノっていうのは、唐辛子の種類の一つ。唐辛子って一口に言ってもメキシコにはたくさん種類があって、チレ・ポプラーノはそんなに辛くないんだ。このチップスもちゃんとスープに入るんだぞ」
 真央は、隆也の説明を聞きながら素材と分量を記録し、スマホを台に置くと板チョコを手に取った。

「まさか、これも料理に使うんですか? この材料に合うのかな……。 あ、デザート用とか」
 水を張った鍋に鶏肉を入れていた隆也は、それをガス台に置きながら振り向き、笑った。
「チョコって意外だろ。でも、この間俺一人で試しに作ったんだけど、うまかったから。信じろ。今日、俺たち二人で作れば完璧だ」
『俺たち二人』その言葉に真央はどきっとする。 

 かちっ、とガスの火を入れて彼は体ごと向き直ると、手を伸ばして真央からチョコを取り上げ、パッケージを開けた。
「もちろん、信じますよ。スクール一の人気イケメン講師の腕は」 
 ぱきっと音がして、隆也の手の中でチョコが割れた。その音が二人きりのクッキングスタジオにやけに大きく響く。

 真央と目が合った彼の顔が、ほんのり赤くなった。
「やめろよ。そういうの、まじ照れる」
「知ってます。わざと言ってみたんです」
「へーえ。先輩にそういう態度なら、教えるのやめようかなあ」
「ごめんなさい。撤回します」
 ならよろしい、と彼はチョコを置いて、また鍋の火加減を見るためにくるりと後ろを向いた。

 広い背中、黒いTシャツの下で、彼が手を動かすたびに上下する肩甲骨に視線が吸い寄せられる。Tシャツの袖から伸びるしなやかな筋肉をまとった腕は、学生の時にラケットを握っていたそれと変わらない。もっとも、日焼けはすでに褪せていたけれども。

 彼の後ろ姿からでも、茶髪の前髪から覗く涼しげな切れ長の目や、筋の通った鼻梁、男のくせにややふっくらとしたセクシーな唇は容易にまぶたに浮かぶし、もっと彼の好きなところをあげてみろと言われれば、すぐに、この調理台の上の材料よりもたくさん並べられると思う。
 
 隆也は、真央と同じ大学の経済学部の二学年上だった。
 クラスメイトに誘われて入ったテニスサークルが一緒で、その頃から彼はイケメンというだけにとどまらず、持ち前の明るい性格と、人を惹きつける魅力でサークル内の人気者だった。

『七部真央さん、か。珍しい苗字だね。俺は新城隆也。へえ、テニス、初めてなんだ。じゃあ、俺が専属で鍛えてやるからよろしくね』
 サークルに入って一番最初に名を呼ばれた声は、今でも耳に蘇る。

『専属で』というのは冗談かと思いきや、隆也は本当に他のメンバーよりも多くの時間を真央に割いてくれた。他の女子から軽く嫉妬されもしたが、どうやら隆也には他校に美人の彼女がいるという噂があり、『新城先輩はサークルみんなの共有物』という暗黙の掟の下、彼を巡ってメンバーの間に波風が立つことはなかった。

 しかし、真央が隆也と過ごしたのは一年にも満たず、冬休み明けにサークルへ行くと、隆也は大学を辞めていた。
 なんでも急に調理師になりたいと、専門学校に進路変更してしまったという。『やっとやりたいことが見つかったってさ』と、隆也と仲が良かった先輩が、自分のことのように嬉しそうに話すのを聞きながら、真央は彼に『好きだ』と打ち明けられなかったことを、しばらく悔やんでいた。

 大学を卒業して、真央は入学当時から目指していた証券アナリストとして、晴れて証券会社へ就職した。
 一年目は、先輩について見よう見まねで、そして家でも新聞に目を通したり、帰宅してもネットを駆使して自分なりに企業分析などをしたりして勉強を欠かさず、一日が、一ヶ月があっという間に過ぎて行ったが、二年もすれば繁盛期以外は自分の時間も持てるようになった。

 そこで、習い事でも始めようかと軽い気持ちでスクール情報サイトを眺めていると、「イチオシスクール」のコーナーで、『イケメン料理講師』と銘打たれた新城の写真入りインタビュー記事を見つけて、愕然となった。

 隆也が大学を辞めてから五年以上経っていたが、カメラに向けられた人懐っこい笑顔は健全だった。それでも、彼は26か27歳のはずで、そう思うと、写真からはなんとなく落ち着いた大人の雰囲気が漂ってくるようだった。

 いてもたってもいられなくなった真央は、翌日、退社後にスタジオに押しかけていた。同じようにサイトに釣られてきたのだろう。受付には申し込みに来た自分と同じくらいの歳の女性がすでに数人、順番を待っていた。

 真央の希望する新城隆也の洋食基礎コースは今期は定員オーバーということで、三ヶ月後のクラスも予約待ち、空きができれば参加可能、という状態だったが、真央はそれでも記入した申し込み用紙を預けてきた。

  ——三ヶ月。三ヶ月待ったら、隆也先輩に会える……かもしれない。
 再会の場面を妄想すると、たちまち心臓が早鐘を打ち始める。
 ——でも、向こうは私を覚えていないかもしれないのに。
 浮き足立つ自分をそんな風に諫めながら、その日は帰路に着いた。
 しかし、三ヶ月も待たずに、真央が隆也に会えたのは、スクールを訪れたその週末だった。正確には、翌日に彼から直接電話があったのだ。
『間違っていたらすみません。七部真央さんって、もしかしてK大のテニスサークルにいませんでしたか』
 鼓膜をくすぐる懐かしい声に、喜びと驚きで息を呑み、やっと『そうです』と答えられた。

 短いスモールトークの後、レッスンも優先して入れてもらえることになり、その電話で食事の約束までした時の心の高揚を、真央はまるで昨日のことのように覚えている。

「鶏肉は沸騰したら弱火でこのまま30分くらい茹でればいいから」
 隆也の声に急に現実に引き戻され、真央はセンチメンタルな回想を慌てて振り払った。

「え、えっと、『モーレ・ポブラーノ』でしたっけ。で、何から始めればいいんですか?」
 わざと明るい声を出して調理台を回って彼の隣に行き、鍋を覗き込むふりをしてさりげなく寄り添う。

 真央の腕と彼の腕が触れている。相手に避ける気配がないことに、真央は胸中でホッと息をつく。
 それどころか、おもむろに隆也は真央の肩に手を回し、くるりと調理台へ向かせた。大きな男らしい手の下に、一気に神経が集中してしまう。

「そうだな、まず、チョコの試食?」
 さっき割れてしまったチョコのひとかけをつまみ、彼は真央の口元へ差し出した。
 目を上げると、彼の視線と交わる。真っ直ぐに、怖いほど真剣に見つめられ、思わず素直に口を開けていた。チョコが吸い込まれるように口の中に消えていく。彼は真央からひと時も目を逸らさない。

 舌の上でジワリと溶けるチョコはほろ苦い。それなのに、指が触れているところから、ほのかな甘みが流れ込む気がした。

 指が離れないうちに、真央はほんの少し口をすぼめてその指先を軽く吸った。彼の瞳が一瞬見開くが、すぐに素の表情になる。そして、離した指を自分の唇に持っていった。

 真央を見下ろす目が意味深に細くなる。不埒な気持ちを見透かされた気がして、頰が一気に熱くなるのを感じた。
 赤い顔を背けるように、材料の方へ視線を移した。
「チョ、チョコ……コクがあって美味しいですね……。えっと……今何をしてたんでしたっけ」
「何って……、俺たち、まだ何もしてないけど?」
 隆也はくすりと笑う。

 それはどういう意味だろう。言葉通りにとるべきか、これから二人の間で何か始まるという予告か。
 彼は本当にただ単に、講師として『モーレ』を教えるつもりなのか。それとも、もっと何か別のことを教えてくれるのか。

 ——私、何を期待しているんだろう。先輩が優しいのは昔からじゃない。
 甘い期待に傾きかけた気持ちに、拍車をかける。 
 そんな真央の隣で隆也が動く気配がして、水に戻したパプリカとレーズンのボールを指した。

「手順として、鶏の鍋を火にかけたら、その間、ここに小分けにしたゴマやナッツ、スパイス類を炒める。香りが出てきたら、粗熱を取って挽く。真央がその水に戻したレーズンとパプリカを刻んでくれたら、それは俺がやるよ」
 彼が、まるで何もなかったかのようにテキパキと指示を出すと、真央は包丁を握り、指示通り作業に取り掛かった。

 柔らかくなったパプリカからは、刻むとエスニックなアロマが立ち上る。そして隆也の炒めるスパイスの香りと調和し、たちまち食欲をそそられる香りが辺りに広がった。
 火を止める小さな音がして、すぐ後ろに隆也が来た。

「そんなに丁寧に切らなくても」
 後ろから伸びてきた手が、包丁を持つ真央の手にそっと重なると、鼓動が大きく跳ねた。
「これくらい、大雑把でいいんだ」 
 素材に添える左手にも手が置かれ、真央の手ごと包丁を握った隆也はザク、ザクと大胆にパプリカを切っていく。

 ——この感じ。彼がスイングを教えてくれた時と同じ。
「この間、実家暮らしって言ってたけど、あまり自炊してない?」
 サイドにまとめて、露わになっている耳に彼の息がかかると、たちまち、そこが火のついたように熱くなる。

「帰りが遅いとさすがに……」
「じゃあ、上げ膳据え膳かな?」
 耳元に寄せられた彼の唇が、耳の縁をかすめて一瞬息を呑んだ。

 ——偶然。偶然よ。
 自分に言い聞かせながら、手元に意識を集中させる。
「失礼な。週末はほとんど私が夕食の係りですよ。花嫁修行だって、母が……。えっと、も、もう十分じゃないですか?」

 これ以上続けられたら手が震えてしまい、隆也の指を切ってしまいそうだ。真央は包丁を脇に置いた。
「そうだね。どうせスパイスと一緒に全部ミキサーにかけるんだし。でも、素材の切り方といい、真央って昔から一つのことに集中するタイプだったよね」
 昔を懐古するような横顔と、ずっと背中に感じていた彼の体温にあの頃一緒に過ごした時間、思い出が押し寄せ、淡い恋心が一気に再燃する。

 真央はミュールのヒールに少し重心をかけ、軽く彼に寄りかかった。硬い胸の感触を背中が拾った途端、我ながら大胆だと、さらに脈が速くなってしまう。それなのに、彼の温もりにどこか安堵を覚え、自然と言葉が口をついた。

「今日は、私のわがままに付き合ってくれて、ありがとうございました」
 後ろから腕が回され、そっと引き寄せられて完全に二人の体がくっつくと、真央は息を呑んだ。

「真央のわがままなら、喜んで」

 鼓膜をくすぐる低い声に、肌が粟立つ。
「俺、お前の講座申込書を見たとき、『まさか』って驚いたけど、あの読み方は珍しいだろ? 同時に、苗字、変わってなくてホッとした。それに、さっき言ってたけど、週末は大抵暇みたいだし……ってことは、さ」
 ——それは……。

 彼の言葉から、仄めかすものが垣間見え、嬉しさにみぞおちのあたりがくすぐったくなる。
「そんな、私、まだ24ですよ」
「十分射程圏内でしょ。真央は可愛いから尚更……」
「モテモテの先輩が、私なんかを口説いても面白くないでしょ。急にどうしたんですか?」

 ずっと好きだった先輩にそんなふうに嬉しくないわけがない。でも、からかわれているのではという不安もある。
 それというのも、再会して食事をした時も、この間飲みに行った時も、気のあるような思わせぶりな態度なんて一ミリも見せてくれなかったからだ。

 約束をした週末、五年ぶりの再会。
 その時期は真央も残業続きで夜に会うのは難しく、また隆也のクラスが終わる時間が遅いせいもあり、食事はランチとなった。

 繁華街から少し外れた路地にある、白を基調にしたイタリア料理専門の店内はしっとり落ち着いた雰囲気で、席はほとんど女性で埋まっていた。空いているテーブルにも予約席のプレートが載っている。
 窓際の席に案内されると、まもなく黒のコックコート姿の男性がテーブルに来て、隆也と真央に挨拶をした。

「隆也とは専門学校が一緒で。僕は今、この店で修行中なんです」
 そう自己紹介した彼は、二言三言、隆也と楽しそうに近況を報告し合い、隆也が料理をお任せで頼むと満面の笑みで頷き、「ごゆっくり」とキッチンに戻っていった。

「先輩、本当に調理師になったんですねえ」
 真央は、テーブルに置かれた手に視線を落とした。指の長い、大きな手は爪も短く切られ、きちんと手入れされている。それでも、記憶の中の手よりずっと男らしく、無骨な気がした。

「そうだな。俺も自分で意外だったと思うよ。実は講師の仕事は、まだ半年そこそこなんだ。その前はホテルのキッチンで修行していた」
 隆也が告げたホテルの名は、大手企業グループの経営する人気ホテルブランドの一つだった。

「あのスクールは、叔母が運営しているんだ。それで引き抜かれたわけ。まあ、今日は久々の再会だし、俺の話より、あいつの料理を楽しもうよ」
 食前酒のスパークリングワインで乾杯し、お互いに仕事の苦労話など冗談を交えてかわす。

 昔からそうだったが、隆也は聞き上手で、合間合間に挟まれる質問で次の話題が自然と引き出され、話に困るということはない。
 そうしているうちに、ワインと一緒に前菜のブルスケッタが運ばれて来た。
「イタリア料理と一口で言っても、北と南とじゃ全く違うんだよ。ほら、地理的に細長いでしょ」 
 そう言って、隆也がトマトとハーブの乗った薄切りパンに豪快にかぶりつく。そんな彼の無邪気さは昔のままで、真央もつられてそれに倣った。

 ——オリーブオイルを多用する海沿いの南イタリアに対し、北イタリアはアルプス山脈の麓で酪農が盛んで、バターを使った煮込みや加工肉を多用する料理が多い。
 ——南が乾燥パスタなのに対し、北イタリアは生パスタ。

「大きなラビオリ」を意味するラビオローネにナイフを入れながら、隆也はそんな説明も怠らなかった。
 自家製パスタに詰められたチーズとほうれん草のペーストがとろりと溶け出し、濃厚な香りが広がる。絶妙に茹で上がったパスタのもちっとした食感も黄卵のソースに絶妙に調和していた。

 次に出て来た白インゲン豆とサルシッチャ・ファジョーリ——イタリアのソーセージの一種——の煮込みも美味しく、隆也に注がれるワインも進む。最初こそ、テーブルに向かい合って座ると、照れ臭くて目を合わせられなかったが、いつしか真央は饒舌になっていた。

「先輩って、後輩にガット張り替えを頼まれても、嫌な顔しないで引き受けてましたよね。それに、すごく打ちやすいって、みんな頼み始めて」
「真央のも張ったよ? ていうか、頼まれたわけじゃないけどな」
 隆也はワイングラスを揺らして、ニッと歯を見せる。

「あの、あれ……実は演技だったんです。私、先輩にお願いする勇気がなくて、見かねて恵子が協力してくれて。すごく自然に頼めるように……」
「そうだったの? あのとき恵子ちゃんが俺に頼んできて、それで隣にいた真央も『せっかくだから、やってもらえば?』なんて言われて、『それじゃあ……』って、真央はその場の雰囲気に流されて、って感じだったよな」
「すみません。でも、私、すごく嬉しかったんですよ」

 真央は皿の上で手を動かしながら、その時の気持ちを正直に吐露した。
 メインの肉料理が来た頃から、いつ『彼氏いるの?』と訊かれるかと頭の片隅で気にしていたのだが、結局、デザートのティラミスとエスプレッソが来るまで彼からその質問がされることはなかった。

 それが何を意味するのか。24にもなれば異性との駆け引きもそれなりに――数は多くないが――経験している。隆也が自分を異性として意識していないのは、会話から瞭然だった。

 それに、こんなに魅力的な彼に恋人がいないなんて想像難い。スクールでも若い女性との出会いには事欠かないだろう。
 今日の食事も、久々に目にした真央の名に昔を懐かしみ、なんとなく誘っただけに違いない。

「俺も」

 相手の声に我に返った真央は、その意外な言葉に目を瞬いた。
「本当ですか?」
「本当。アパートに帰って、真央のラケットのグリップの匂い嗅いだり、ガット張り直したラケットと一緒に寝たり、古いガットを体に巻いて変な使い方したり……」
「う、嘘……」
 思わず肩をすくめて、手にしていたカトラリーを構えるように握ると、ぷっと隆也は小さく噴いた。さらりと揺れた前髪が、笑って細くなった目の上に影を作る。

「嘘です。まあ、いつもより丁寧にガット張ったのは、本当だけど。真央、打ち返すの下手くそだから、せめて道具くらいレベルアップさせないと、と思って」
「ひどい!」
 真央が頬を膨らますと、「ごめんごめん」と、隆也はワインを真央のグラスに注いだ。

 なんだ、やはり彼の得意な冗談だったのだ。ほっとすると同時に、少しでも期待した自分を恥じた。
 楽しいひと時はあっという間に過ぎた。
 楽しかったからこそ、家に帰ってから余計に寂しさが募った。

 まだ自分は先輩に片思いしているのだと、五年ぶりに再会した夜に、気づかされてしまった。
 学生時代、社会人と二人の男性と付き合ったが、どちらとも長続きしなかったのは、やはりずっとどこかに隆也の存在があったからかもしれない。

 そして、いざ隆也の講座が始まっても、隆也は真央に対して講師と生徒との関係を崩さなかったし、それどころか、自分のいるグループへの指導は他に比べ、疎かとは言わないまでも、最低限のそれのような気さえした。
 三ヶ月の講習が終わって隆也に飲みに行こうと誘われた時も、かすかに期待をしていた。

 だけど、そこでもやはり、自分に恋人がいるかどうか、彼から探りが入ることはなかった。
 ただ、真央が持ちかけた相談に対し、後日、休講日にプライベートレッスンを開いてくれるとメールが届いたのだった。

 きっと、隆也は、自分が連絡を絶たない限り、学生時代のように『面倒見の良い先輩』でいてくれるのだろう。
 自分はいつまでも隆也への想いを引きずっていてはいけない。甘えていてはいけない。早く諦めなくては。

 そう思っていただけに、こんな風に告白されるなんて夢のようだったし、一方で素直に受け入れて良いのか困惑していた。

 しかし、体をすっぽりと包み込む彼の腕にさらに力がこもり、背中から伝わる速い鼓動が、これは夢ではないと教えてくれる。
「久々に再会して、いきなり押せ押せで迫られても、引かれるんじゃないかと思って、様子窺ってた。それなのに真央はレッスン中に俺を見ようともしないしな」

 それは、見てしまえば最後、きっと彼の一挙手一投足に目を奪われて手がすっかり留守になり、グループの和を乱すだろうし、他の生徒に隆也への気持ちが悟られてしまったら、講師としての隆也に迷惑が掛かってしまうと思い、見たい気持ちを必死で抑えていたからだ。

「悔しいから、他の生徒さんばっかり相手してたの、わかった? 真央が少しでも嫉妬してくれるかと期待して」
 確かに、彼は相手が勘違いしてしまいそうなほど、丁寧に指導していた。そして、実際そんな姿を視界の隅に捉えるたびに、真央の心はざわついた。

「嫉妬……してましたよ。私も大人だから、顔には出しませんでしたけど……」
 今更気持ちを隠しても仕方がない。それに今だって、彼には自分の乱れた鼓動が伝わっているはず……。
「それ、嬉しいかも。あとさ、今日のこの企画も真央の悩みに乗じて誘い込んだって言ったら、軽蔑する?」

 甘えるように、隆也は鼻先をうなじにこすりつけてきた。そこだけがジンと熱く痺れる。
 彼が意外な策士だということも、自分の関心を得たい一心だったと知れば、軽蔑よりも、むしろ可愛くさえ思える。
 真央がかぶりを振ると、彼は低く、柔らかな声で続けた。

「それに、急にじゃない。真央のことは大学の時から好きだったよ」
 思わず横を向くと、顎を肩に乗せていた隆也と目が合い、心臓がひときわ大きく跳ねた。
「嘘……、だって、彼女いましたよね」
「いたけど、真央のこと気になり出して、別れた」

 その時タイマーが鳴り、隆也は小さく舌打ちして真央から離れると、鍋の火を止めに行った。
 ホッとしたと同時に、落胆している自分に苦笑した。彼が鍋から出した鶏肉を皿に移している間に、そっと深呼吸をする。

「トマト、今真央が刻んだものとトルティーヤ・チップス、スパイス類を一緒にして、滑らかになるまでミキサーにかける」
 振り向いた隆也は、急に講師然の口調で、ガス台の横に用意してあった立派なミキサーに刻んだパプリカやスパイスを全て入れると、スイッチを押した。力強いミキサーの硬質な音が部屋に響き渡る。

「さーて。滑らかになったら、こいつをチキンスープの鍋に入れて、チョコも加えて焦がさないように弱火で煮る。だいたい20分くらいかな」
 説明しながら鍋を火にかけると、再び隆也が近づいてきて、今度は向かい合う形で腰を両手で引き寄せられた。

「その間にできることはですね……」
 隆也に顔を覗き込まれ、真央は再び高鳴る鼓動に胸を詰まらせながらも、頭に浮かんだ疑問を彼にぶつけた。

「あ、あの……、それなら彼女と別れてから、どうして気持ちを打ち明けてくれなかったんですか? 私だって、先輩のことずっと好きだったのに……」
「えっ、本当? じゃあ、今、全部俺の気持ち告白するから、その前に……キスしてもいい?」
「そ、それって順番が逆だと思うんですけど」
「俺のこと、もう好きじゃない? 俺の、真央が好きっていう気持ちは変わってないよ。それより、真央が昔よりずっと大人っぽくなって、綺麗になっててやばいと思った」

 真剣な眼差しで見つめられ、羞恥に熱くなった顔を伏せる。
「そんな、こと、ないし……。今更、ずるいです……」 
「知らなかった? 俺、ずるい男なんだ。真央、答えて。俺のこと、まだ好き?」

 うつむいていた顎に指が掛かり、優しく上を向かされた。その時、漂うチョコの香りに気がついた。
「答えてくれるまで、ずっとこのままだよ?」

低く囁かれただけで、みぞおちのあたりが切なく締め付けられる。真央は甘い空気を小さく吸った。
「好き……。先輩が好き、です」
 途端に彼の表情が和らぐ。
「よかった……。すげえ、嬉しい。じゃ、キスしてもいいよね?」
「っ、そんな……」

 口をついたのは抵抗の言葉だったのに、身を寄せてきた彼の息が頰にかかると、目を閉じて素直に従っていた。
 熱い唇が重なる。
「ん……」
 

薄く唇を開くと、チョコの香りとともに舌が入ってきた。真央も相手の首に腕を回して引き寄せる。昔から知っているはずなのに、今真央を求めている隆也は全く知らない男だった。溢れる感情をぶつけるように、相手の舌が敏感な口内を、ねっとりと舐め回す。

片手を後頭に添えられ、逃げることができない。口内で絡められた舌の動きにに翻弄され、膝の力が抜けてしまう。まるで自分がチョコレートになって、相手に食べられているようだ。
 思わずシャツの胸にしがみつくと、彼は真央をキスをしたまま、調理台の上に座らせた。

「んっ……ふぅ……」
 舌の動きは繊細で、上顎を、舌の裏をチロチロと舐められ、下腹のあたりが切なく疼く。そうして舌を捕らえられ、緩急をつけて吸われ続けるうちに、頭の中に桃色の靄がかかり、思考がぼやけていく。

「お前のキス、すごく気持ちいい」
 ようやく解放され、欲望がちらつく瞳でじっと見つめられると、真央の中にも相手が欲しいという切実な感情が込み上げてきた。両手で頰を包まれ、また顔が近づいてくるが、やはり彼の話をきちんと聞いておきたいという理性の片鱗が働いた。
 真央が軽く身を引くと、ほんのわずかな先で、相手の目が訝しげに細められる。

「あの、まだ私の質問に答えてくれてません……」
 そうだな、と微笑んだ隆也はあっと、小さく声をあげ、ガスの火を止めに行った。
「話、長くなるかもしれないから、念のため」
 再び真央の腰に手を回すと、静かに話し始めた。

「お前が練習試合の後の飲み会で、話したこと覚えてる? 将来──卒業後の進路とかそんな話」
「えっと、はっきりは覚えてないですけど、私はもともと証券アナリストになりたくて経済学部に入ったとか、そんなことですよね? きっと」
「そう。あの時真央、すごく真剣に、熱く語ってて。俺、それを聞いてああ、こいつに負けるわって思って」
「負ける? 頭が良くてスポーツ万能の先輩に?」
 真央が首をかしげると、隆也は「うん」と頷いた。

「俺、経済学部に入ったのも、特にやりたいこともなくて、一応、就職考えるなら経済学部かなって。第一志望の大学に受かったし。テニスだって、中学の担任がテニス部の顧問だったから、誘われただけで。まあ、もともと運動神経悪いほうじゃないし、大会に出たらそこそこの成績残したけど。だけど、別にそっちに進むとかなくて……」
「自慢ですか?」
 じゃなくて、と笑った隆也の温かな手が、話しながら優しく背中を上下する。そんな繊細な愛撫にも、ぞくぞくと甘い旋律が体を走り抜けた。

「でも、真央はそんなふうに目的をしっかり持って、前向いて頑張って。こんな俺じゃ気持ち打ち明けるとか無理だわって。何か一つお前に負けないものを身につけて、堂々と気持ち打ちあけようって決めて。調理師に決めたのは、板前になった従兄の影響だったんだけど。夏休みに母の実家であってさ。海の近くなんだけど、朝、市場で買ってきた魚さばいたり、煮物作ってくれたり、そんな素朴な料理がすごく美味しくてさ」
「そんなの、勝手です……。私、先輩が急に大学やめてショックだったんですよ。携帯も通じないし」
 真央が口を尖らせると、彼はすかさずそれをチュッとついばんだ。もう、と顔を赤くする真央に隆也は少年のようにはにかんだ。

「うん。ごめんな。でも、真央の声聞いたら、すぐにでも気持ちを打ち明けそうだったから」
「打ち明けてくれて、良かったのに」
 隆也の首元に顔を埋めると、温かい手が優しく頭を撫でてきた。
「その時の俺は、それじゃダメだったんだ。いわゆる男のプライド……ってやつ?」
「男の人って、そういう変なこだわり、ありますよね」
 彼が声を出さずに笑い、肩が小さく揺れた。

「でも自信がついたら、絶対に連絡しようって決めてた。真央がどんな男と付き合っていても、絶対に奪ってやるって。どんな男よりも負けない、真央の気持ちを奪う男になってやろうって」
「やっぱり勝手です……」
「でも、俺はそう決めたんだ」
 頰に手を添えられ、再び正面から見つめられる。 

「専門学校に行っても、最初は全然思ったようにうまくいかなくて、毎日、何度も何度も同じことの繰り返しで、ここまで来るのに、一筋縄じゃ行かなかったけど。て言うかまだまだ修行中だけどな。でも、勉強しているうちに真央に勝とうとかそう言うのはどうでもよくなって」
 一息おいて、彼は継いだ。

「真央に、俺の料理を食べて『美味しい』って言ってもらいたいって、そればかり考えるようになった。お前だけに料理作りたくなった。それも、一生」
 彼の強い視線に焼かれるように、目の奥が熱くなる。
「そんな、私たちサークルが一緒だったってだけですよ? 付き合ってもいないのに、そんなこと言って、きっと後悔しますよ……」
「しない」
 隆也はきっぱりと言うと、真央を抱きしめた。その腕の強さは、隆也の自分への気持ちの強さだ。それがはっきりと伝わり、真央は相手に体を委ねた。

「最初に会った時も『この子だ』って直感はあったし、離れていた時間も真央を忘れたことなんて一度もない。五年ぶりに再会して、自分の気持ちはやっぱり本物だって、間違っていなかった、ってわかっただけだ」
 真央が何かを言おうとする前に、強引なキスが「口答えは無し」と言わんばかりに唇を貪ってきた。

 熱い舌が侵入し、すかさず真央の舌は絡めとられる。ゆっくりと吸われ、しゃぶられると、真摯な告白の後なだけに切なく心がときめいてしまう。相手の体重がかかり、次第に後ろに倒される。
 真央は甘い期待と不安に襲われ、とっさに隆也の背中にしがみついた。調理台の冷たさに、スカートとエプロンがめくれて太腿があらわになってしまったことに気がつくが、直そうとは思わなかった。

 ――だって、先輩が好き……。先輩が、好きって言ってくれた。もう……止まらない……。
 長い時を経て、やっと想いが通じ合ったのだ。今はただ、求められるままに彼を受け止めたかった。
 真央は彼のしなやかな筋肉を確かめるように、全てを感じたくて、手のひらを背中や肩に滑らせた。

 広い調理台の上で完全に倒され、隆也が覆いかぶさっている。その体の重みを感じただけで、胸が幸せで満たされる。
 一瞬唇が離れ、真央は思わず目を開いた。至近距離で目が合い、顔を上気させた隆也が微笑む。

「真央が、欲しい。ここで。今すぐ」
 答える隙を与えず、すぐさま唇が深く合わさってきた。そのまま強引に舌を割り入れてくる。
 真央は自分を求めて動く相手の舌を夢中に吸うことで、彼に応えていた。ぬめりを帯びた二つの舌が擦り合う淫靡な感触に、たちまち体が火照っていく。ジュルッと唾液ごと強く舌を吸われ、下腹がキュンと疼く。

「ん……ふ、うん……」
 敏感な上顎を舌先で優しくくすぐられると、甘えるような声が漏れてしまった。息をも奪われるような激しく、長い口づけからようやく解放されたと思うと、隆也は唇を顎へと滑らせる。

「あ、やっ……」
 口づけがそのまま首筋へ滑ると、くすぐったさに首をすくめた。しかし、彼は無言で首筋にキスの雨を降らす。その間にブラウスのボタンが外され、大きくはだけた胸元へ無骨な手が忍び込んできた。
 下着越しに、掌がふくらみを覆う。指がぎゅっと乳房をわしづかんだ途端、甘すぎる感覚が肌で弾けた。

「せ、先輩……」
「隆也、でしょ」
「たか……や」
 切れ長の目が真央を熱く見つめ、それが嬉しそうに細められる。
「俺が最初の男じゃなくて、すごく悔しいけど」
 チュッとついばむように唇を吸い、今度は下唇を軽く食まれる。
「私だって……初めては、先輩が良かった……」

 でも、一度は諦めようと思ったのだ。諦めなければ前に進めないと。こうなることを知っていたら、他の男性と付き合っていなかった。
「ほんと? それで、救われた」
 戯れるようなキスを繰り返す間、隆也の手は真央の体のあらゆる場所を弄っていたが、触れられたところは肌が粟立ち、そこから熱がじわじわと広がっていった。

 以前付き合っていた人とは、いくら抱き合ってもこんな風に相手を身近に、そして触れられる幸せを心の底から感じることはなかった。
 隆也に触れられるうちに、焦らされているような感覚が自分の中でどんどん強くなることに戸惑いながら、彼を求める狂おしい想いに息を喘がせた。

 背中に手が回され、ブラジャーのホックが外れた。生地からまろび出たふくらみが掬い上げられた。大きな手のひらが真央の胸の上を滑っていく。熱い手で撫でられ、心地よさに体が震えた。手のひらが乳房をやんわりと捏ねる。
「は……ぁん」
 愛撫された途端、官能の波紋が総身に広がり、ため息が漏れた。
「綺麗な体だな……。好きだよ、真央」
 唇の上で愛を囁かれると同時に、胸にめり込んだ指がゆっくりと動き出す。それは、講習で素材や包丁を扱う鮮やかな手つきからは想像もつかない力強さだった。

 乳房に食い込ませるように、じっくりと揉みしだいてくる。送り込まれる快感と、気持ちが通じ合った感動がないまぜになり、体ははしたないくらい敏感になってしまう。すぐに先端を舌先で掬われ、腰が跳ね上がった。隆也はそのまま突起を口に含むと吸い付き、甘噛みし、転がし始める。

 真央は彼の頭を抱き、身をよじらせて「隆也……隆也」と名前を呼ぶことしかできない。
「もう、こんなに硬くなってる」
「あん、あ……、やあ」

 隆也は苦しげな表情で胸に吸い付き、一心に舌を動かしている。蕾を濡れた舌と歯で軽く挟むようにして、すぼめた唇でチュッチュッと吸われると、体の中心が疼いてたまらなくなった。
「ぁ……あ」
 あまりの気持ち良さに腰がくねった。下腹部に隆也の熱い股間が密着し、彼は硬くなったそこを擦り付けながら乳房に舌を這わせている。
「綺麗な肌だな。しっとりとして、甘くて。こんな美味しいもの、俺、初めてだ」
 乳房に強く口付けられ、声が上がる。

「ぁ……ああん」
「真央に、俺の印つけちゃった。もう、俺のものだから……」
 彼の吐息が肌をくすぐったと思うと、再び肌を吸われ、熱い痺れが走った。それは何度も繰り返され、まるで自分の所有物だと主張するように、肌に刻印されていく。

 太腿に滑っていった手で片足を持ち上げられ、スカートとエプロンが一緒に捲れあがった。隆也がそれをウェストまでたくし上げるのを、真央は体を浮かせて助けた。そのまま彼の体が下りていく。ミュールがリノリウムの床に落ちる音が二回し、するりと皮を剥かれるようにストッキングが脱がされた。 

「真央をこんな風に抱けるなんて、まだ信じられない」
 嬉しそうに言って、真央の脚を開いた。
「あっ、だめ……」
 抵抗しようとしても、膝を押さえられてままならない。脚の間に体を潜りませた彼が、顔を近づける気配がした。閉じようと膝に力を入れると、太腿で隆也の顔を挟んでしまっただけで、すぐさま膝を割り開かれてしまった。

「真央のここもすごく綺麗だ。もう濡れてる……感じやすいんだね」
「いや、だめ……見ちゃだめ」
 覗かれている場所を隠そうと手を伸ばすと、指先を軽く噛まれ、思わず手を引っ込めてしまう。目が合った彼の口角が不敵に上がった。
「絶対に美味しいってわかってるけど、味見させてね」
 次の瞬間、秘部に柔らかな唇が押し付けられた。

「ぁは……っ」
 逃れようとした腰が、がっしりと掴まれた。唇が秘唇を含んだまま、その中心で舌がうねうねと蠢き出す。
「んんっ」
 ピチャピチャとたちまち濡れた音が耳に届く。恥ずかしさに身体中がますます火照ってしまう。

「あ、ぁあ、あぁあん」
「真央の、ここ、やっぱりすごく美味しい。とろとろに蕩けて、蜜が溢れてくる」
 舌先が秘裂を上下になぞり、くちゅりと潜り込んだ。
「やぁ……」
 湧き上がる喜悦と、あまりの羞恥に全身が震えた。愛撫をしながら、隆也がさらに指先で花弁を左右に広げる。むき出しにされた柔らかな粘膜にも、舌全体を押し当てるようにして丁寧に舐められると、溢れてしまう声を抑えられない。

「はあ……っ。ん、ぁ……あん……。隆也……それ、すき……もっと……」
 隆也が秘唇の上で微笑むのがわかった。刹那、唇を押し付け、まるでキスをするように大きく顎を動かして媚肉を舐めしゃぶりながら、じゅる、じゅるっと愛液を吸い込んだ。その振動が体の奥まで淫靡に響き、旋律が背筋を何度も走り抜けていく。

 腰を抑えていた手が乳房に伸び、下から捏ね上げる。硬く張り詰めた先端を両方同時にキュッとつまみ上げられ、鮮烈な刺激に背をしならせた。
「可愛い、真央。また、溢れてきた……。なんか、どんどん美味しくなるよ。感動だな。俺の手で、真央が美味しくなっていく」

 彼は花弁の上で囁くと、舌を深くめり込ませ、たっぷりと溜まった蜜をかき回した。かと思うとまたきつく吸引される。優しさと激しさ。その相反する刺激に引きずり出されためくるめく愉悦に目の奥が揺らぐ。
 ――すごい……幸せ……。
 もっと愛されたい。もっと求められたい。もっと、美味しいって言ってもらいたい。

 そんな切望が羞恥を凌駕し、喘ぎ声とともに、思わず口からねだる言葉が溢れてしまう。
「……もっと……もっと……ぉ」
「ん。了解……。俺も、まだ足りない。全然足りない」
 隆也はさらに舌を深く潜らせ、粘膜を舐め擦りながら、指を花芯に当ててくる。

「はぁっ」
 指は敏感な突起に蜜を塗りこめるように円を描いた。滑らかで繊細な動きで増幅した快感に、ふわふわと宙に浮くような錯覚さえし、一気に高みへ持ち上げられる。
 背中が反り上がり、腰が浮いた。隆也は充血した花芯に指と舌先を駆使して、さらに追い打ちをかける。舌が小刻みに動くごとに甘美な刺激が送り込まれ、体を蕩けさせていく。体を駆け巡る性感に、揺れ続ける腰が止まらない。

「ぁあっ、ぁあ、それ……だめ……ぁ、あ……」
 すぐにも達しそうだった。隆也はそれでも執拗に蕾を可愛がってくる。舌で根元を扱き、唇に挟んでチュルッと吸いたてる。
「ぁあああ……ぁ、……気持ち、いい……」
 身悶えしながら隆也の髪を弄る。真央は断続的に襲ってくる絶頂の兆しを逃そうと首を振った。

「ふ……っあ、あ、ぁ、あっ、あっ……」
 逃げないように腰をがっちりと掴まれ、舌の動きが一層早くなる。花芯を捉えた舌先がくちゅくちゅと激しく上下された。
「ヒクヒクして、プリッとして、すごく可愛いよ」
 その言葉に喜悦の高波がうねり、全身を押し上げた。隆也が猛烈な勢いで蕾を舐め、じゅっ、じゅっと吸い上げてくる。
 壮絶な快感におののき、頭では逃げたいと思うのに、腰は快感を全て享受しようと相手に押し付けるように動いている。

「あ、ぁ、いく、いく、いっちゃうううううっ」
 不意に目の奥で光が弾け、体が大きく跳ねた。
 唇を震わせながら仰け反る。絶頂の波がすぐにやってきて、さらに隆也の舌がそれを煽り立てる。

 腰がジンと痺れているが、それでも腰は相手の愛撫に合わせて動いていた。秘裂の間では、まだ執拗に舌がうごめいている。
「ぁ……あんっ、ぁ、あ……またぃ、い……っちゃう……っ」
 腰を突き出し、再び達した。声にならない声が喉から発せられる。
 襲ってくる絶頂感に全てを委ね、体を震わせながら愉悦に浸りきった。真央の体がぐったりと弛緩しても、隆也はまるで興奮を宥めるように、秘裂に優しく舌を這わせていた。

「隆也……ぁ」
 快感の波が引いていく寂しさに、重く感じる手で彼の髪をまさぐって、抱きしめて欲しいと訴えた。すぐにそれは彼に伝わり、愛撫をやめた彼は真央に覆いかぶさると、ぎゅっと抱きしめた。彼の速く、強い鼓動が、真央の押しつぶされた乳房を小さく叩いていた。

「真央、スッゲー可愛かった」
 隆也は体を起こして、まだ欲望の揺れる目で見下ろしながら、おもむろにTシャツを頭から抜いた。現れた引き締まった上半身に、思わず目を奪われる。
 真央は手を伸ばし、彼の頰を撫でた。その手に誘われるように再び大きな体が降りてきて、優しく唇が合わさった。慈しむようなキスを交わしながら、彼がエプロンを外し、ジーンズの前をくつろげる。

「このために、ちゃんと用意してたから……」
 いたずらな笑みを見せ、コンドームの袋を真央の上で軽く振る。素早くそれを装着した彼に膝の裏を持ち上げられ、その間に熱の塊が充てがわれた。
「俺、もう我慢できない……。いいよね? 真央? 真央は、欲しい? 俺を全部食べてくれる?」
 切なげな表情に、真央は何度も頷いた。

「ん……欲しい。隆也が欲しい……全部、ちょうだい……」
「じゃ、入れるよ……」
 彼が腰を繰り出すと、昂りが襞を広げてゆっくり押し入ってくる。すっかり濡れたそこは、難なく彼を呑み込んでいく。じわじわと奥へ沈み込んでくる。
「はぁ……ん」
 ずっしりとした量感が根元まで埋った。真央は、その熱と圧迫感に思わず顔をしかめた。

「大、丈夫……?」
 隆也は動きを止め、心配そうに覗き込んでくる。隆也を包み込んでいる中で、彼の形と脈動をはっきりと感じた。
「ん……気持ちいい……」
 彼の表情から緊張が消え、目元がほころんだ。
「俺も……。真央の中、熱くて、とろとろで……絡みついてくる」
「そんな……いや……」
 その卑猥な描写に羞恥のあまり両手で顔を隠すと、すぐに手を取られて指が絡んだ。

「可愛い顔、隠さないで。俺、エッチな真央も大好きだよ?」
 くんっ、と奥を突き上げられ、「あんっ」と声が押し出される。 
「ぁ……締まった…‥っ。言葉責め、弱いのか、な? は……ぁ、やば……締め付けて、ほんと、真央、気持ちよすぎ……」
 隆也がゆっくり動き出すと、中を摩擦する感触は甘美な快感となって体に染み入ってくる。彼も真央を堪能するように、大きな律動を一心に続けている。

「そんな、おく、っ……ん、はあ…‥っ、あっ……」
 ずん、ずんっと重い衝撃に突き上げられるたびに、中が彼をキュンキュン締め付けているのを自覚させられる。
「はぁ、きつ……っ。すげ、気持ち、いい……真央……俺たち、繋がってる……」
「っん……嬉しい……」
 見つめられながらリズミカルに突き上げられ、ひたすら奥を貫かれる。
 みっちりと埋まった結合部からは、擦られるたびに、ぬち、ぬちっという淫靡な水音がたち、隆也の感じ入った嘆息が重なる。

「隆也……たか、や……っ、あ、……はあっ」
「気持ちいい? もっと、声、聞かせて……可愛すぎる、その声……」
 手を繋ぎながら責めていた彼が、その手を離して真央の膝裏を抱え上げ、さらに力強く腰を送ってきた。
「はぁ……、ぁあ、真央……真央……っ」
 隆也の呼吸が速く浅くなる。真央の体も気持ちもますます昂り、視界は涙で滲んでいた。そこに、険しい表情で自分を見下ろす隆也が映り込んでいる。彼が悦楽に浸っているのだと思うと、喜びで胸が詰まった。

 ぐい、と腰を押し付けられ、大きく回された。恥骨を刺激するように、結合部を密着させたまま太い楔で中を掻き回し、真央の感じる場所をうがっていく。
「あ、も……腰、止まんね……少し、激しく動くよ?」
 真央が頷き、隆也の腰に脚を絡ませると、腰を掴む手に力がこもる。次第に抽送が速まり、勢いよく腰を叩きつけられるたびに、ぱちゅ、ぱちゅっと湿った音がスタジオに鳴り響く。打ち込まれているところが甘く痺れていく。

 覆いかぶさった隆也の顔が降りてきた。唇が合わせられ、真央は侵入した舌に強く吸い付いた。
「あふ……っ、ふ……ぁ、っあ、あ……んふ……」
「っあ……は…‥っ、真央、好きだ……っ、ぁ……はあっ……」
 口の中で、外で舌をいやらしく絡ませる合間に、お互いの吐息が、喘ぎ声が混じり合う。

 キスをしながらも、ますます激しくなる抽送に体が揺さぶられる。
 陶酔に意識が朦朧とし、頭の中が真っ白くなっていく。唇を離した彼は真央の肩に額を押し付け、猛然と貫き、絶頂に追い込みをかけた。
 突然、壮絶な快感が体を包み込んだ。

「あ、あっ、だめ、ぁあっ、あ、隆也……イっちゃ……イっちゃう………っ」
「お、俺も…‥っ、く……っ」
 ひときわ力強くねじ込まれた途端、まぶたの奥で火花が散り、真央は隆也にしがみついたまま体を硬直させた。
「ああ、……ぅあ……っ」
 隆也が喉の奥で唸り、最奥に打ち込んだ体がぶるりと震えた。コンドーム越しにも、吐精の脈動と熱が伝わった。それでも隆也はまだ緩やかに動いている。その優しい摩擦と絶頂の余韻に真央は夢心地になった。
「……っは……ぁ」

 長く息を吐いた隆也の体がどっと上から落ちてきた。重なった胸がばくばくとなっている。真央は、しっとりと汗ばんだ大きな背中に腕を回して、幸せを噛み締めた。
 やがて、上にあった重みがふっと軽くなり、隆也が額にキスを落として間近で微笑む。

「あー、やばい。ここでしちゃったから、俺、授業中に真央のいやらしい顔を思い出してニヤつくかも」
「そ、そんな顔してないです……!」
 頰をふくらますと、ぷに、と指先で突かれた。
「真央が気持ち良過ぎるせいだから。俺、つい激しくしちゃったから、腹減ったんじゃない? モーレを仕上げて食べたらうちに行こう。デザートもちゃんと食べないとな」
「わ、もしかして、それもちゃんと用意してくれてたんですか?」

 ぐったりしていた真央が途端に顔を輝かせると、隆也はぷっ、と小さく噴き出した。

「ほんと、真央って可愛い。その上甘くて舌触りが良くて……デザートにぴったりだと思わない? 俺だけの……」
 あっ……! と目と口を同時に開いた真央を、隆也は調理台の上から抱き起こした。

「今夜は隅々まで食べつくしてやるからな。覚悟して」
 艶っぽい声で囁かれ、真央も再び胸がときめくのを感じながら、彼の胸の中で深く息を吸う。
 恋人の肌から香るのは、ほろ苦いチョコレートと、二人の甘い蜜の名残。