蜜は愛より出でて愛より甘し 7-2

 *

 窓際で本を読んでいたピアは、部屋が暗くなっているのに気がついて、テーブルの上の燭台に火を灯した。いつのまにか、日が暮れかけた空にはオレンジ色と紺色の美しいグラデーションが広がっている。

 ピアはだいぶ前にハンナが入れてくれたお茶を飲んだ。以前は宮殿でも夕食前のこの時間に、避妊用のお茶を飲むのが習慣だったが、アンソニーは『もう飲む必要がない』とフルーティーなハーブティーを選んでくれて、ピアはそちらを好んで飲んでいた。

 今日、アンソニーは大学の教授たちと会合の予定があり、遅くなるようだ。彼の話では、お酒好きの教授たちは独自の研究を披露しては議論を重ね、だらだらと夜中まで飲んでいるのが楽しいらしい。夕食は待たなくてもいいと言われていたが、午後にチョコレートケーキを少し食べ過ぎてしまい、まだお腹は空いていない。

 ハンナがお茶を片付けて帰った後、ピアは散歩に出ることにした。ドレスの上にショールを羽織って外に出る。川沿いの散歩道は昼間こそ人通りがあるが、夜の早い田舎町では今は誰も歩いていない。

 鴨が暗い川面を漂い、コウモリが低空飛行をして、再び空に舞い上がっていった。土手を下り、乾いた芝生の上を歩いていたピアは、ふと視線の先に人の姿を認め、立ち止まった。距離が離れているので定かではないが、なんとなく、背格好や歩き方に見覚えがある。見覚えというより、確信があった。だが、まさかという気持ちの方が大きく、ピアは膨らみ始めた期待を抑えるように胸を両手で押さえた。

(まさか……でも、あれは、ジュリアス様……だって、あのマントはジュリアス様のもの……)

 その金の房飾りのついた濃緑のマントはジュリアスにとてもよく似合い、ピアのお気に入りだったので、よく覚えている。だから、たとえ薄闇の中、彼がフードを被ってその顔が判別しなくても、自ずとマントが持ち主を語ってくれているのだ。

 ジュリアスは脇に包みを抱え、前方から歩いてくる。何か探すそぶりで、住宅の方へしきりと顔を向けていた。

(どうしてこんなところにお一人で……)

 ピアは様子を伺うためにそっと木の陰に隠れた。久々に目にするジュリアスの姿に、ときめく胸が高鳴る。今、飛び出してお顔を見たい。声を聞きたい。ともすると背中を押しそうになる、もう一人の自分を木に手を添えて必死で引き止めた。

 ジュリアスは今、ちょうどアンソニーの屋敷近くの土手に作られた階段を上りかけていた。

(もしかしたら、もう王宮にお戻りになるのかも……。それで、御慈悲で私にお別れの挨拶に来られたとか……)

 別れを切り出したのは自分だが、律儀なジュリアスの性格を思えば、その可能性はないでもない。それならば、自分もきちんとそれを受け入れ、お互いに新しい道を歩む決意を固めた方がいいのではないか。

 それに、先日の分かれ方はずっとピアの心にわだかまりを残していた。

 むしろ、ジュリアスの家庭教師であったなら、彼に将来への手向けの言葉をかけるのが礼儀ではないか。そう思って声をかけようとしたその時、階段を上りかけていたジュリアスの足元がぐらついた。あっと思った瞬間、レンガが崩れ、ジュリアスの体が傾いた。

「随分、みっともないところを見られてしまったね」

 応接室のソファーに座ったジュリアスは、足首に包帯を巻いているピアの手元を見ながら恥ずかしそうに言った。

「そんなことありません。軽い捻挫だけでよかったです……。あの階段は最近できたばかりなので、基礎がまだ緩かったのかもしれませんね」

 包帯を巻き終え、ズボンの裾を正してピアはジュリアスの隣に座った。ふと二人の視線が交じり合う。だが、ジュリアスが先に目を伏せた。

「私はいつもピアに世話になっているよね。こんな頼りない僕だから、愛想をつかされても仕方がないな」

 悲哀の滲んだ声音に、胸がキュッと締め付けられる。目の前にいるのは本物のジュリアスなのか。夢ではないのだろうか。ピアは現実を確かめるかのように、思わず彼を抱きしめていた。腕の中で、ジュリアスの体が一瞬硬直した。 

「ピ……ア?」

「一瞬、心臓が止まるかと思いました……よかった、大事に至らなくて」

「ピアは大袈裟だよ。足を滑らせただけなのに」

 急な抱擁に困惑しているのか、声から彼の緊張が伝わる。

「大袈裟じゃありません。もし打ち所が悪かったら……」

「そうだね……。心配かけてごめんなさい」

 背に腕が周り、そっと抱きしめられた。ハッとして胸から顔を上げると、ジュリアスが微笑した。

「でも、転んだのは本当に久々だ。ピアのことを考えていたら、周りのことに注意が散漫になってしまう」

「わ、私のせいにするなんてひどいです」

 ジュリアスの言葉に、思わず緩みそうになる頰を膨らませた。

「でも、本当のことだから。君が現れた時は、天使かと思ったんだ」

「それは、言い過ぎです」 

 そこで、ジュリアスは部屋にあったというピアの本を差し出した。ピアはそれを受け取って、二人はどちらともなく笑い合う。昔の、授業中のような親密で、和やかな空気が流れた。

 だが、すぐにピアは冷静にると気まずさを覚えた。ジュリアスもそれを感じたのだろう、顔から笑みが消える。しばしの沈黙の後、ジュリアスが訊ねた。

「君は……彼に大事にされているの?」

「はい……」

「何か不自由はない? 欲しいものは買ってもらっているかい? 満足しているかい?」

「ええ、一応……」

 ピアが曖昧に頷くと、ジュリアスは鋭くそこをついてきた。

「一応って?」

 ジュリアスが真っ直ぐ見据えてくれば、勘の鋭い彼には下手な誤魔化しがきかないことをピアは重々承知している。だが、同時に彼を心配させないように言葉を慎重に選んだ。

「その……彼とはまだ打ち解けてないのかな、と思うことも……学者なので仕事に集中していると、しばらく近寄り難くなりますし。今日も帰りは遅くなるって……あの、仕事熱心なだけなのですけど」

 正直に告げると、ジュリアスの表情に影が差した。

「それは君が寂しい思いをしているということか。それなら、僕のところへ戻ってくればいい。僕はピアにそんな思いをさせない」

「そ、それは国王様が許しません」

 ジュリアスはわずかな逡巡の後、まっすぐ目を見つめて踏み込んできた。

「もし、『許す』と言ったらピアはどうするの?」

「え……」

 ピアは反射的に彼の抱擁から身を引いた。

「そのことを君に話したくて、議会終了後の閉会式や夜会を全て放り出して、あの日、戻ってきた」

 それでジュリアスは予定よりも早くピアの前に現れたのだ。

「国王に、僕は君のこと、君がどれだけ素敵な女性か、僕がどれだけ愛しているかを打ち明けた。真剣に結婚を考えているとも。それで国務に支障をきたすことは絶対にないと」

 ピアの胸が小さく跳ねた。ジュリアスがピアの手を両手で包み、熱い視線を向ける。

「国王は許してくれた。僕の好きにすればいいと」

 ピアはハッと息を呑んだ。

「でも、僕はあなたにそれを伝える前に、見事に振られてしまった。その決意を聞いて、僕はそれ以上あなたを苦しめないためにも潔く身を引いた。なのに……」

 ジュリアスの顔が苦悩に歪む。

「ピアは、本当にあの時の決断が正しいと思っているの? この話を聞いても、まだ僕を受け入れてくれないと?」

 核心を突かれる。一瞬言葉に詰まるも、小さく息を吐き、平静を繕った。

「もちろんです。最初にお断りしましたね。私は一介の家庭教師であると。私はジュリアス様を愛する資格がないのです」

「資格?」ジュリアスは思い切り顔をしかめた。「では、僕のあなたへの気持ちはどうなるのです」

 真正面からの切り返しをあえて無視し、ピアは続けた。

「それに、ジュリアス様には私のようなものよりももっと若く、可愛らしい女性がふさわしいのです。まだ運命の出会いがないので、お分かりにならないだけです。でも、きっとジュリアス様は他の女性と幸せになられます。これは年上だからこそわかる真実です」

 ジュリアスは納得いかないというように、握った手に力を込める。

「ジュリアス様のお心配りには感謝しています。先ほどは、つい口を滑らせてしまいました。でも、普段はアンソニーはよくしてくれていますし、私は今の状態で満足していますので、ジュリアス様も私のことなどお忘れになって……」

 胸の痛みをこらえ、淡々と諭す。聡明なジュリアスのことだ。こうしてきちんと話せば、一時的な感情で恋に酔うことと、自分の宿命を天秤にかければ、どちらがより大切かなどすぐに理解するだろう。

 だが、彼は彼女をさえぎった。

「ピアはどうしてそんな寂しそうな目をしているんですか」

「えっ」

 まっすぐに見据え、ゆっくりと言葉を継ぐ。

「満足しているなんて嘘ですよね? 彼が折良く現れたから、ピアは彼を、僕から身を引く言い訳にしているのでしょう。そんな風に利用されている彼も、哀れだ」

 たまらず、ピアは声を絞り出した。

「それなら、どうだというのです? それ以外に私にどうしろとおっしゃるのです? ジュリアス様は王国を統治されるお方。一方の私は中流貴族の身。そして六歳も年の差があります。仮に一緒になったとしても、いずれきっとジュリアス様はもっと美しく、若い女性に心を奪われるでしょう。その時私がどんなに惨めになるのかお分かりになりませんか? そのとき、線を引くべき時に引かなかった弱い自分を後悔することになるのです。もちろん、それは卑しい女の自分勝手な都合だと承知しています。ですから、国王様が許してくださっても、やはり王国のためにも私のこの決断は私たちにとって正しいはずです」

 自分に言い聞かせるように語りつつ、怒りとも悲しみともつかない強い感情が込み上げ、声が震えてしまった。

「ピア……」

 ジュリアスは虚を衝かれたように小さく息を呑んだ。普段はあまり感情を見せない、ピアの押し殺した激情が相手にも伝わったようだ。だがすぐに強い目で見つめ返す。

「どうしてピアが勝手に決めるんですか」

「え……」

「僕はそんなの嫌です。僕の幸せは僕が決めます。自分の一生を自分の手で壊したくない。それに、あなたの身分は王室に入っても恥じるものではない。それはピアにも分かっているはずでしょう?」

 きっぱりと断言すると、ジュリアスは手をグッと引き、ピアを力強く抱いた。

「あ、あの……待って、くださ……ん、んんっ」

 咄嗟に離れようとしたピアの唇を、ジュリアスのそれが強引に塞いだ。

(ダメ、ダメ……)

 必死で身をよじり、腕の中から抜け出そうとする。だが、いつにない強い力がそれを拒んだ。腕の力に反して、優しく唇が吸われ、ふと気を緩めた隙に舌が唇を割り入ってピアに絡みつく。

(あ、気持ち……いい……)

 ヌルヌルと熱烈に舌をこすり合わされると、甘い性感がたちまち意識を溶かした。ジュリアスに抱きしめられ、ジュリアスにキスをされ、ジュリアスの香りに包まれると、頭の芯がジンと痺れ、にわかに下腹に官能の炎がちらつく。それでもピアは理性を保ち、決して彼に応えようとはしなかった。

(キスを返したら、ジュリアス様を受け入れることになる)

 懸命に自分に言い聞かせ、快楽に溺れまいとする。しかし、その合間にも体は徐々に火照り始めていた。

(ああ、このキス……)

 離別後の空白の時間が、彼との口づけの記憶に彩りを添えて蘇らせていた。アンソニーの、全てを支配するような愛撫とはまた違う、純粋に自分を求め、堪能するような口づけに胸が打ち震える。

「ほら、キスだけでそんなに目を潤ませて。目元がほんのり赤くなって……綺麗だよ」

「そんな……」

 顔を覗き込まれると、嬉しさと羞恥に耳が熱くなる。下腹が甘く疼き、脚の付け根が潤うのを感じた。

「でも、ダメです……。こんなことをしても私の気持ちは変わりません」

 欲望を孕んだ、強い視線から逃れるように顔を背け、素っ気なくあしらった。

「ピアがなんと言おうと、あなたは僕のものだ。もう離さないよ。ピアの気持ちなんて……すぐに変えてみせる」

 彼は変わった、と彼女は驚いた。以前の彼ならこんな強引に迫らなかった。この空白の期間にそれだけ自分への思いが募っていたのだろうか。自分が彼を諦めると心に決めたように、彼は彼なりにピアを離さないという決意を固めたのか。国王の許しを得たことも、彼の自信に繋がっているのだろう。

 そう思うと、ジュリアスに全てを委ねてしまいたいという誘惑に心が揺れる。

 再び、ジュリアスが唇を重ねた。硬い胸を押し返すも、それを嗜めるように舌を甘噛みされる。たちまち、背筋に甘い戦慄が走った。

(私はアンソニーと関係を結んだというのに、それでも私が欲しいというの?)

 残った理性で自問する間、彼女が抵抗しないのをいいことに、キスはより大胆になっていく。貪るように唾液ごと舌を吸われると、官能がじわじわと体の奥へと浸透し、興奮から呼吸が浅くなった。

 くちゅ、と絡められた舌に、彼女はついに応えてしまった。自らも戯れるように彼のそれにこすり合わせ、滑らかな感触に陶酔する。彼女の反応の変化に、ジュリアスの抱擁がさらに強まる。舌はさらに我が物で彼女を翻弄し、ピアも久々のジュリアスとのキスをもっと味わおうと彼の唇を吸った。

「んっ……ジュリアス……さま」

 ふとキスが止む。彼女が視線を上げると、涙に滲んだ視界にジュリアスの微笑みがあった。

「ピアも僕を求めてくれたということは、僕のものになるってことだね?」

 挑発するように顔を覗き込まれ、途端に我に返る。

「ち、違います……今のは……つい、気持ちよくて……ほ、本能に流されてしまって」

「そうか……、気持ちよかったんだ。嫌いな男とのキスは気持ちよくなんてならないよね? じゃあ、僕への気持ちはまだあるってことだ」

 図星を指され、口をつぐんでいると、不意にソファーに押し倒された。

「あ……っ、ダメです……。やめてください」

 身をよじり抵抗するも、キスの余韻で体に力が入らない。ジュリアスはそれをいいことに、たくし上がったスカートの下に手を潜り込ませた。太腿をするりと手のひらが這い上がり、閉じかけた脚のその奥を素早くとらえた。

 指先がそっと秘裂を撫で上げる感触に、肌が粟立った。

「濡れてる……」

 覆いかぶさってきた彼に耳元で低く囁かれ、頬が熱くなる。

「ピアは相変わらず、いやらしい体をしているもの。キスだけでこんなに反応してくれるなんて、本当に可愛いね」

(だって、つい嬉しくて……)

 そんな言葉を、唇を噛んで閉じ込め、代わりに険しい表情を作った。

「これ以上はよしましょう。今のはなかったことに……」

 そんな彼女を見下ろし、ジュリアスは可笑しそうに鼻を鳴らした。

「ピアはいいの? ここでやめても」

 本心を見透かすようなまっすぐな視線に、ぞくりと背筋が寒くなる。

 やはりジュリアスは変わった。昔はこんな風に相手を試すような態度など取らなかった。今の彼は、かつてピアの母性をくすぐった少年ではない。

 彼女の一瞬をつき、ジュリアスの指は秘裂のさらなる奥をなぞった。濡れた粘膜を撫でられる妖しい快感が下腹から広がり、キュンと胸が震える。

「だ、ダメと言ったらダメです……」

「ちゃんと質問に答えてないね。あなたはここでやめたいの? それに、そんな甘い声で言われても説得力ないよ……むしろ、誘惑に聞こえる」

 襞の間で遊んでいた中指と人差し指が、グッと中に侵入した。あふれた蜜が肌を流れるのがはっきりとわかった。そして、濡れていることを確認させるように、指で泉をクチュクチュと派手に音を立ててかき混ぜられた。

「ね、中はこんなにとろとろになってる……」

「……そんなこと……っ、抜いて、や……ぁ」

 指の腹で柔らかく刺激されると、甘美な官能にたちまち腰が痺れる。脚を閉じて、大胆な手の動きを阻もうとするが、それでも愛撫は止まらない。依然、淫らな水音が部屋に響き渡る。

「こんなに濡れて……、本当はずっと僕にこうされたかったんでしょう?」

「ち、違います……」

「嘘はダメだよ。さっき寂しいって言ったじゃないか。きっと、あいつのことだ。明け方まで書斎で過ごし、ベッドでピアは一人きり、という夜も少なくなかったんじゃないか? これだけすぐに濡れるんだ……自慰も、しただろう?」

「……っ」

 彼女が一瞬息を詰めると、ジュリアスは口の端だけで笑い、したり顔で見下ろしてきた。

 彼の言うとおり、アンソニーが研究や論文に没頭する夜、寝室に一人でいると寂しさからつい、ジュリアスへと思いを馳せていた。彼と毎晩のように求めあった記憶に、昂ってしまった体を鎮めるため、いけないと思いつつ、自分を慰めてしまう時もあった。まだ胸にくすぶるジュリアスへの想いをやり過ごすには、アンソニーに抱かれる以外にそれしかなかったのだ。

「そ、そんなことしていません。絶対にそんなことは、ないです」

 しかし、そんな胸中を吐露すれば、彼を拒む理由がなくなってしまう。それに年上の自尊心もあり、彼女はきっぱりと言い切った。すると、ジュリアスはなぜか満面の笑みを浮かべた。

「ピアは嘘をつく時、子供みたいにムキになるよね。すごく可愛いよ……。だけど、前に言ったよね。嘘をついたり、大事なことを黙っていたらお仕置きだって」

「えっ……」

 濃厚な官能にぼんやりした頭の隅に、アンソニーの存在を彼に告白した夜のことが蘇る。

(そ、そうだけど……それとこれとは……)

 動揺する彼女にかまわず、親指の腹が淫芽をそっと撫で回した。

「んんっ」

 快感が突き抜け、身体が跳ねた。円を描くように淫芽を弄ぶ指の下から、たまらないほどの性感が広がっていく。彼女はクッションに指を食い込ませ、彼の下で身悶えた。

「ダメ、それ……っ、んく……」

「嘘をつくからお仕置きですよ。ほら、本当のことを言うまで続けますからね」

「し、してない……です、……っふ……」

「早く正直に言えばいいのに……」

 淫芽への指遣いはそのままに、隘路に埋まっている二本の指が入り口に近い、ピアのもっとも弱い場所を弄る。その一点から突然、鋭い快感が沸き起こった。

「あああっ!」

 グッと腰が持ち上がる。

(ああ、しびれちゃう……)

 ピアの弱点を知り抜いた指遣いに、断続的に襲いくる性感の波が意識を麻痺させ、理性が蕩け始める。

「ほら……こんなに敏感だもの。まさか毎晩してたとか? ね、言わないってことは、もしかして、続けて欲しいっておねだりかな?」

 絶え間なく快楽を与えられながら、優しく耳元で尋ねられた。

(これがずっと続けられたら……壊れてしまう……)

 ピアはとうとう陥落した。

「わ、わからない……です」

「どういうこと?」

「か、数えられないくらい……ジュリアス様のことが忘れられなくて……つい」

「え……」

 一瞬、愛撫の手が止まる。

(ほら、呆れているのよ……だから、言いたくなかったのに……)

 羞恥で頰ばかりでなく、全身が熱い。再び、隘路の中を指がゆったりと動き始めた。

「嬉しいよ……ピア。僕を思ってそんなにしてくれてたなんて。素直に言えたから、褒美をあげようね」

 途端に指遣いの速度が上がる。小刻みに隅々まで擦り、上り詰めさせるための動きだった。

「あっ、だめっ、んふっ、あんっ、あ、……あっ」

 たちまち全身を濃密な官能が包み込む。絶妙な前戯にすでに敏感になっていた体は、あっという間に高みに突き上げられた。

「あ、や、これ……やあっ……だめ、だめ、だめええっ……」

 ピアは大きく仰け反って絶頂を極めた。ガクガクと腰が震え、飛沫が太腿を濡らす。

(あ……もう、やぁ……気持ち良すぎて……)

 胸を波打たせ、ジュリアスの絶妙な指戯の余韻に陶酔する。そんなピアの頭からは、アンソニーの存在がすっかり消え去っていた。

「ふふ。相変わらずこれは弱いんだね。でも、前よりずっと感じやすくなったようだけど、それはちょっと悔しいな」

 今までの熱のこもった愛撫とは異なった、冷ややかな声がぼうっと耳に響くと、ピアは我に返った。

 昂りの涙で滲んだ視界の中、彼が苛立たしげな表情でズボンの前をくつろげている。乱れたスカートを完全にたくし上げられ、素早く両手で膝を割られた。

「あっ、だめですっ……」

 慌てて膝を閉じようとしたが、四肢に力が入らず、あっさりと広げられた。濡れそぼった股間と内腿を外気が撫でた。ジュリアスが脚の間に身を入れ、ペニスを泉にあてがってくる。そのまま腰が押し出される気配があった。

「ま、待ってください……。私はアンソニーを裏切れません……結婚も申し込まれましたし……」

「くっ」

 ジュリアスの顔が歪んだ。彼が傷ついたのだとわかり、彼女の胸もつきんと痛む。

(同じ過ちを繰り返さないためにも、自分が強くなければ……)

 この胸の痛みは、ジュリアスの未来を守るささやかな代償だ。きっと近い将来、正しい決断をした自分を誇りにさえ思うだろう。

 心を鬼にして、諭すように——自分にも——語りかけた。

「こんなことをしても、誰も幸せになりません。結局、みんな傷ついてしまう。ジュリアス様も、私などよりも素敵な女性が見つかればきっと幸せになれるのですから……」

 苦しげなジュリアスの声がピアを遮った。

「正直、僕にもどうしていいかわからないです。でも、今はあなたが欲しい。あなたを僕のものにしたい」

「それは単なる欲望……わがままです。そんな風におっしゃるのは、まだ自分のことしか考えられない子供と一緒です」

「わがままだって、承知しています。男らしくないってことも。でも、ピアが好きなんです。ひと時も離れたくないし、離れてからも、他の男と抱き合っていると考えるだけで気が狂いそうでした……」

「ジュリアス様……」

 困惑の中で、彼の悲痛な告白に彼女の心は揺さぶられた。その戸惑いを悟ったのか、彼は「だから……」と吐き捨て、迷いなく腰を押し進めてきた。火照った花弁を押し広げ、ぬぷっと怒張が滑り込んでくる。

「ま、待って……」

 逃げる間も無く、ピアはジュリアスと一つになった。

(また受け入れてしまった……)

 罪悪感と悔恨の念がこみ上げたが、それも一瞬だった。久々に貫かれた充実感が下腹で疼き、愉悦が体に満ちてくる。

「ピアの中、熱くてとろとろで気持ちいい。やっぱりピアが大好きだ……」

 先ほどとは一転して、相手の顔にあどけない笑みが浮かぶ。思わず「私も……」と言いかけそうになるのを、グッと抑え「は、早く抜いてください……! 本当に、ダメです」と、彼を睨んだ。

 だが、ジュリアスはただ可笑しそうに口の端を上げた。

「今更、そんな顔をしたって無駄だよ。君はこれが大好きなんだ」

 膝を押さえた手に力がこもり、抽送が勢いよく始まった。

「はあっ、だめ、ダメえ……っ」

 逞しい屹立が、柔襞を容赦なくこすり上げると、たちまち摩擦の愉悦が湧き上がる。

(ああ……。これが、欲しかった)

 待ちわびていた刺激を身体の奥まで与えられて、ピアは幸せを噛みしめた。蜜路は嬉々として、さらに快感を得ようと彼の形がわかるほどに収縮し、締め付けた。激しい律動に、ぬちゅっ、ぬちっと卑猥な水音が派手に立つ。

「こうして繋がるところを想像して弄ってたんでしょう? 体は正直ですよ。僕を咥えて離さない……」

 ジュリアスは軽快なリズムで腰を揺らし、からかうように言う。

(ああ、それは言わないで……)

 淫らな身体の変化は自覚している。収縮した隘路を、無理やり押し広げられるようにこすられる感覚に、ピアはすっかり溺れていた。

 それだけに言葉で指摘されると、淫らな自分を暴露された羞恥の前に自尊心は砕かれ、たちまち相手に翻弄されてしまう。

(このまま溺れてはだめ……絶対に、耐え抜くのよ)

 まだ、説得の余地はあるはずだ。ごくわずかな望みに賭け、ピアは声を押し殺して頑なに拒絶の態度を示す。

「どうしても僕の気持ちを受け入れないつもりですか? その意思はまるで、鉄壁みたいですね……」

(だから諦めてください。私は殿下の幸せを願って……っあん……)

 ずん、と最奥が圧迫され、強烈な快感に決意が揺さぶられる。

「でも、その鉄壁が硬ければ硬いほど、砕く楽しみがあるんですよ」

 彼はそれを証明せんとばかりに、連続して激しく腰を突き上げた。

「んんんっ」

 重い衝撃が身体を突き抜けていく。全身が痺れるような快感に息を呑んでやり過ごしたのもつかの間、二度、三度と続けて責められる。

「はあんんっ、だめっ、だめっ、あ、あぅ……っううん!」

 連続する打ち込みがピアの体を揺らす。衝撃が理性を四散させ、ピアの決意を鮮やかな愉悦の色で徐々に塗り代えていく。

「ずっと……こうしてピアを抱きたかった。ピアが出て行って、寂しくて仕方なかったんだ……失ったものがどれだけ大事かわかったんだよ」

 語りながら腰が股間に押し付けられ、最奥を圧迫したまま円を描かれる。

「はああーーっ」

 深くかき混ぜられ、意識が蕩けた。ピアの体が大きく反り返る。

「ああ、僕も気持ちいいよ……最高だ、ピア……すごく濡れてて、きつくて……」

 ゆったりとした腰つきで子宮口をこすられると、身体中で快感が次々と弾けた。

(お、奥は……許して。私……もう)

 唇を噛み締め、必死で声を上げまいとする。声を耐える苦しさが興奮をさらに募らせ、身体をより燃え上がらせた。

「ね、ピア。そろそろ僕のものになってくれる?」

 声をこらえたまま、ピアは首を横に振った。

「いくら頑張っても、僕は諦めないよ。ピアを僕の妻にすると決めたのだから」

 ジュリアスはきっぱりと断言すると、挿入したままピアの脚を両肩に担ぎ上げた。腰を持ち上げつつ前後に揺する。

「んふっ、んんっ……んっ……ん」

 感じる場所を集中してこすり上げる腰遣いに、まぶたの裏で光が明滅する。漏れそうになる声を、手の甲で必死に塞いだ。

「これ好きだったよね。我慢しないでたくさんイッていいからね」

 安定した腰使いと並行して、膝の内側にねっとりと舌が這わされた。

(ああっ、そんな……)

 普段は刺激されることのない性感帯を、生暖かい粘膜が撫で、そのくすぐったくも甘美な性感に背筋が震える。肌を吸われ、唾液を塗り広げられると、身体中で混ざり合った官能のうねりが一段と大きくなった。

(も……ダメっ、イっちゃううっ!)

 奥歯を噛み締め、のけぞっていた。身体が震え、心臓がばくばくと激しく動悸している。

「ああ、もう……イってるね。その顔……可愛いよ。さあ、もっと気持ち良くなればいい……」

 ピアが昇りつめる瞬間をうっとりと静観していたジュリアスが、律動を再開させる。達した後の敏感な隘路をこすられて、ピアの口から喘ぎ声が漏れた。

「んっ、待って……ください、ジュリアスさま……少し休ませて……」

 懇願するピアに、ジュリアスは天使のような笑顔を見せた。

「僕のものになるって言ったら、いいよ」

 そう言い、そのまま上体を倒して体を二つ折りにすると、ピアの体の横に手をつき、真上から突き込んだ。

「あんっ、そんな、奥っ……当たるっ……許してっ、んっ、あっ、あ……」

 重厚な衝撃が、絶頂の余韻を助長させる。強い刺激に快感のうねりが加速し、頂点を求めて身体中で暴れまわっている。

「奥がギュッと締まってる。体が僕の子種を欲しがっているのかな……そうなの?」

(そ、そんなこと、聞かないで……)

 今まで何度も彼の精を受け止めてきた下腹は、その熱が注ぎ込まれる瞬間を、彼のもので満たされる幸せを求めて、苦しいほどに疼いている。

「でもピアが僕のものになるって認めない限り、お預けだ」

(ひどいわ、ここまでしておいて……)

 一度昇り詰めたが、満たされたわけではない。むしろ昇り詰めたからこそ、身体の奥は熱い精を求めている。

(ああ、欲しい……)

 かつては日に何度も熱い奔流を受け入れていた。その得も言われぬ愉悦が思い起こされ、期待に背筋がぞくぞくと震えた。

(もし、今注がれたら……)

 もう避妊用のお茶は飲んでいない。妊娠する可能性もあるのに、心を決められないまま、自分はジュリアスの全てを受け入れようとしている。そんな背徳感が興奮を煽り、隘路は彼を促すようにキュンキュンと収縮を繰り返す。

「そろそろ決心はついた?」

 動きを緩やかに変え、首筋を舐め回しながらジュリアスは返答を迫る。

「あん、それは……」

 くすぐったさ混じりの甘美な刺激に悶え、彼女は逡巡した。

(受け入れたら、将来、ジュリアス様を不幸にしてしまう。でも……)

 幾重にも打ち寄せる快感のさざ波に翻弄され、決意はすっかり揺らいでいた。

 不意に相手の動きが止まった。ジュリアスが顔を近づけ、まっすぐ目を見つめてきた。

「ピアはどうしたいの? 歳の差がどうとか関係ない。ピアの今の本当の気持ちが知りたいんだ」

「っ……」

 澄んだ眼差しの強さに息を飲む。胸がたまらなく締め付けられた。

「ピアは僕の幸せを考えてくれているんだろうけど、僕にとっての幸せは、ピアと一緒にいることなんだ。あなたが好きだから、ずっと一緒にいたい」

「ジュリアス様……」

 胸の奥底から熱いものが込み上げる。そしてその思いは涙となって目から溢れた。

「私もです。私もジュリアス様が好き。ずっと一緒にいたいです……」

 険しかったジュリアスの顔がパッと輝く。

「ピア……」

「ジュリアス様」

 名前を呼んで抱き合い、唇を重ねる。気持ちを一つに繋げるように、ねっとりと舌を絡めあった。口付けの甘い心地に、封印していた彼への思いが一気に迸った。

「……僕、思い切りピアを抱きたい」

「はい……。では……、私の部屋へ行きましょう……」

< 目次へ   次話へ >