蜜は愛より出でて愛より甘し 7-1

 秋の訪れは突然だ。

 昨日までは朝一番に窓を開けると、夜に冷め切らなかった地中の熱がまったりと室内に流れ込んできていたが、今朝は清々しい風がふんわりとカーテンを揺らしている。

 ピアはアンソニーの客間で、木箱に詰まった本を出しては、本棚に並べられるように分類していた。

 彼の屋敷で暮らし始めて二週間近く経つが、寝室は一緒でもやはりピアにも部屋が必要だろう、と彼が提案してくれ、客間に放置されていた荷物を整理することになったのだ。

 アンソニーには、この街に来る話が急に決まったことで、慌てて荷造りをしたらしい。木箱三つぶんの本は、種類も順序もばらばらに入っていた。

 朝食を済ませたアンソニーが大学へ出かけた後、ピアは床に敷かれた絨毯の上で、この作業をのんびりと進めていた。

 気になるタイトルがあれば、つい本を開いてしまい、時間はあっという間に過ぎていく。一つの箱が空いたところで、ピアは本を積み上げた床から立ち上がり、窓の外をぼんやりと眺めた。

 この屋敷は、街の中心からそう遠くはない場所にあるが、閑静な一帯で目の前には川が流れている。午後のこの時間は散歩をしたり、街へ行く人々の従来が多いが、夕方からぱったりと人の姿が見えなくなるのは娯楽の少ない田舎町の典型的な特徴だった。

 視界の先では、土手に階段を造るようで、数人の男たちが斜面を均したり、レンガを運んだりしていた。

 その中に、しなやかだが、程よい筋肉をつけた体躯の若者が働いてるのを見て、不意にジュリアスの顔が脳裏をよぎった。

(殿下はきちんと自習されているかしら……) 

 結局、あの日でジュリアスの家庭教師を解消してから、もちろん宮殿には一度も行っていない。もう終わったことだと、なるべく考えないようにしているのだが、それでも時折、こうして心配になってしまう。

(やっぱりあの時、アンソニーに反論していれば……)

 後悔が頭をよぎるも、すぐさまそれをかき消した。ジュリアスのためを思えば、身を引くことが最善にして唯一の選択だった。

(これで良かったのよ)

 これ以上ジュリアスのことを考えてしまわないよう、ピアは作業に戻った。二つ目の箱を開け、一度中の本を全て出す。大まかに山に分けていると、革表紙の本に混じって、動物や蔦の絵が描かれた可愛い装丁の本を見つけた。ピアも昔読んだことがある児童書だ。これをアンソニーに読んでもらったことがあった気がし、懐かしさにピアは黄色味を帯びたページをめくった。内容も覚えていたこともあり、すぐに読み終わってしまう。最後のページを繰って、ふと、裏表紙の内側に書き込みを見つけた。そこには拙い文字で「イザベル」と書いてある。

「イザベル……」

 口の中でつぶやくと、まぶたに祈祷席に掘られた文字が浮かんだ。もしかして、この本はその、イザベルのもの? それならどうしてここにあるのだろう。

 もしかして、アンソニーの同僚の亡くなった幼馴染というのがイザベルで……彼は彼女の思い出の品をアンソニーにプレゼントした? 

 友情の証として? でも、それならアンソニーが学生時代にこれをすでに持っていて、私に読んてくれた記憶はおかしいわ……。

(そういえば、アンソニーはあまり自分について話さないけれど……)

 思えば、アンソニーが父の生徒で、ピアは昔から接していたし、なんとなく彼を知っているような気がして改めて過去に触れることはなかった。それというのも、彼は話題には事欠かず、いつもピアを楽しませていたからだった。

(彼のこと、聞いてみようかしら……)

 そう思った時、外から馴染みある靴音が耳に届いた。やがてドアが開き、アンソニーが顔を覗かせる。

「遅くなってすまない。昼食はまだのようだな? 準備ができているようだが、食欲がないのか?」

 そう言ってピアの隣に座ると、ピアの好きなチョコレートの包みを渡し、こめかみにキスをした。

「いいえ、朝食の時、アンソニーを待ちますって、ハンナに伝えておいたので」

 ハンナは通いのメイドだ。掃除洗濯をし、三食を準備して夕方には帰っていく。

「本当にピアは優しいな。それに、本の整理もありがとう。まさかピアがここで暮らすとは思わなかったから、客間に荷物を放り込んだままでいた。あとは私が自分でしよう」

「いいんです。本は好きですから。あの、この本、昔読んでくれたことがありましたよね?」

 ピアは自然な仕草で本を差し出した。手に取ったアンソニーの横顔に微かに影が差す。やはり、あの廃墟で見た同じ顔だ。

「ああ、これは……そうだな。懐かしいな」

「イザベル、って名前がありましたけど……」

「ああ、古本市で見つけたものだからね。その子のものだったのだろう」

 そう言うと、アンソニーは他の本の山の上に、チョコレートと一緒にそれを置き、腰を上げた。

「さあ、食事前に一汗流すからおいで。埃だらけだろう? ハンナはもう風呂を用意しているよ」

「え……、あの、どうぞごゆっくり……私は、あとにします」

 意味深な笑みを浮かべるアンソニーから目を逸らして、ピアは差し伸べられた手をとって立ち上がった。

「一緒に入った方が早い」

 そう言ってアンソニーに抱き上げられてしまうと、ピアにはもう選択肢はなかった。

「隅々まで綺麗にしないとな」

 浴槽の中で、後ろからピアを抱いたアンソニーは耳元で囁き、背後から両の乳房を手で包んだ。そのまま、石鹸を塗り広げるように手が大きく円を描く。石鹸のぬめりが、妖しい官能を引き出していく。

「んっ」

 手のひらで硬い先端をそっと擦られ、ピアは目を瞑って快感の吐息を漏した。湯の中で、彼に抱かれているだけでも体が火照ってしまうのに、浴室で服を脱がされる間もキスをされ続け、こんな愛撫をされると、たちまち頭がぼうっとなってしまう。

「やはり、大きくなったな。ほら」

 アンソニーは乳房を下から持ち上げるようにして、水面でたぷたぷと揺らした。

「そんなこと……」

 濡れた双丘の先に赤く艶めく蕾がなんとも淫靡で、ピアは羞恥に顔を背けた。すると、アンソニーはそちら側に顔を傾けて唇を塞いでくる。熱い舌を迎え入れると、ねっとりとこすり合わせてくる舌にやがて理性が掻き散らされていく。

「んふ……っ、ふ……ん」

 乳房を愛撫する手から生まれる滑らかな感触が肌を淡く痺れさせ、また、彼の屹立が腰に当たる感覚も劣情を煽った。

 だんだんと手の動きが加速する。まるで絞るように、胸元から先端までぬるぬると前後にこすられた。時折先端を引っ張るようにつままれ、その度に鋭い快感が身体を駆け抜けていく。

「ああっ、アンソニー……」

 ピアは身をくねらせて喘いだ。

(恥ずかしいのに、気持ちいい……)

 昼下がりの光溢れる浴室で、彼には自分の乱れる様子を赤裸々にさらしているのに、愛撫によって全身に広がる円やかな性感を与えられれば、ことごとく反応してしまう。

(そういえば、殿下ともこうしてお風呂に入ったわ……)

 閨の指導の後は、常に風呂が用意してあり、そこでお互いの汗と体液を流したのだった。ほんのすこし前の出来事が、昔のように思える。

(あの時の殿下は、本当にお辛そうだった……)

 自分から別れを切り出した後、彼が去り際に見せた険しくも悲哀な横顔はまぶたに焼き付いて離れない。こうして何かの折にふと思い出すと、胸が張り裂けそうに痛んだ。

(あの時は殿下のための決断だと思ったけど、今思えば、殿下はまだ何か仰りたい様子だったわ……)

 彼の話を聞かずに、一方的に別れの言葉を突きつけた自分は思いやりがなかったのではないか。

 本当に自分の決断が正しかったのか。

 もちろんアンソニーには打ち明けられないが、そんな迷いが、ジュリアスと別れてからずっとつきまとっている。ジュリアスと一緒になれるという希望はないが、もう一度彼と話したいという思いは強かった。せめて、もう二度と会えないのなら、最後にもう一度だけ声を聞きたかった。自分の名前を呼んでもらいたかった。

 だが、そんな機会が得られたとして、一体何を話せばいいのか自分でもわからない。

「何を、考えている?」

 不意に呼びかけられてハッとなる。愛撫の動きを止めたアンソニーが、ピアの顔を覗き込んでいた。

「な、なんでもないです。ちょっとぼんやりしちゃっただけです……疲れたのかも……」

 アンソニーは無言でピアを見つめた。ややあって、口元をほころばせる。

「疲れているなら、今日はここで解放してあげよう」

「あ……、大丈夫、です……」

 誤魔化すように額を相手の顎にすり寄せると、アンソニーはつむじにキスを落とした。

 時間をかけて愛撫をされ、昂った体はすでに相手を求めて疼き始めている。それをアンソニーが知らないわけはない。

(これは彼の罰。私が殿下のことを考えていたのが、筒抜けだったのだわ)

 罰として私に彼を求めさせている。しかし、甘美な支配にすっかり飼い慣らされた体は、そんな彼の言いなりになってしまう。

「君が欲しいものは何か、わかっているのは私だけだよ」

 乳房を包んでいた右手が、湯に潜って下肢に伸びる。ピアはそれを迎えるように膝を開いた。指先が秘裂を撫でると、淫靡な期待に体が微かに震えた。

「ほら、君は私を待ちわびている」

 その言葉に、ピアは曖昧に首を振った。それは淫らな体を否定するようでもあり、相手を促すような仕草のようでもあった。腰に当たる剛直がググッと角度を強める。

 アンソニーはピアの体を抱えるように立ち上がると、浴槽の縁に手をつかせて、そのまま背後から隘路に狙いを定めた。

「いいね?」

 先端が触れている花弁が、喜びにひくひくと蠢いているのがわかる。ピアは火照らせた顔を頷かせた。

 彼がおもむろに腰を突き出すと、怒張が隘路を押し広げ、ゆっくりと奥まで満たしていく。

「ん……ふっ……」

「大丈夫か?」

 奥まで埋められた圧迫感に、思わず背を反らせると、アンソニーは後ろから乱れたピアの髪を耳にかけ、そこへキスをした。

「大丈夫です……」

「愛してる、ピア。愛してるよ……」

 彼の切実な言葉に、溢れんばかりの嬉しさが体の奥から沸き上がってくる。

「私もです……アンソニー」

 顎を掴まれて彼の方へ顔を向けさせられ、口づけられる。強い腕に抱きしめられ、唇と舌で愛を交わし合う。

(アンソニーはこんなにも私を大切に思ってくれる……私は、幸せだわ……)

 本能の求めるまま唇を吸い、舌を絡めると、愛される喜びが全身に染み渡り、互いの心と体が一つになるような心地に酔いしれていく。

 熱烈なキスを受け止め、やがて顔を離す。唇の痺れがキスの激しさを物語っていた。

「君は本当に私を狂わせるな……」

 彼はそう囁いてから腰を使った。湯が波打ち、浴槽から零れ出る。彼の手が股間に回り、指がクリトリスを撫でてきた。

「あああんっ」

 喜悦の声が浴室に響き渡る。指は淫芽を指先で優しく撫で、転がし、根元を扱いて揺さぶる。

「んっ、ダメです、それっ……」

 鋭いほどの刺激を送り込む指遣いに合わせ、体が小刻みに震える。

「君は本当に、ここが弱いね。その啼き声、たまらないよ」  

 アンソニーは感触を楽しむように、ゆったりと腰を前後させる。粘膜と粘膜が生々しくこすれあい、中で熱うねり出す。

「あんっ、ああっ……やぁ……気持ち、いい……」

 ピアは喘ぎながらもどかしさに腰をくねらせた。アンソニーは淫芽への愛撫をやめ、腰を両手でしっかりと掴んだ。

「どうして欲しいのか、言ってごらん」

 優しく囁きかけてから、思わせぶりに最奥を小突いてくる。

「も……もっと、強く……して」

 ピアは恥ずかしさで泣きそうになりながらも、振り向いて訴えた。そうしないと、彼がいつまでも望みを叶えてくれないことはすでに承知していたからだ。

「ピアは本当に素直で、教えがいのある生徒だな。教える側にとってこんなに嬉しいことはない……」

 満足げに呟くアンソニーだが、まだ仕掛ける気配はない。ふっと身を屈めて耳元で囁いてくる。

「中が求めて蠢いてるのがわかるか? 動いてもないのに、こんなに感じるなんて本当に君はいやらしいな」

「でも、こういうこと教えたのはアンソニーですよ……。そう考えるとあなたの方がずっといやらしいです……」

 言われているだけでは悔しく、反抗してみるも声は震えていた。彼を挑発する気持ちがなかったわけではない。彼の反応を期待して、隘路がキュッと締め付けを増す。

「ほう、素直だと思ったのは気のせいだったのか。残念だ。口ごたえには仕置きが必要だな……」

 アンソニーが大きく腰を引き、直後、ズンと強烈な一撃が襲った。その衝撃にピアは小さく喉を鳴らし、身体を弾かせた。

「今ので、イったな。仕置きなのに喜ばせては意味がないが……、まあいい」

 ピアがまだ絶頂の余韻に体を震わせているにもかかわらず、彼は容赦なく腰を素早く前後させて、達したばかりの身体を何度も貫いた。

「あっ、あ、あ、そんな、激し……い……っ」

 欲望露わな抽送に、ピアの口から甘い声が押し出される。

「こんなに可愛くて淫らな教え子が恋人だなんて、私は世界一の幸せ者だな」

 逞しい律動を送り込みながら、アンソニーは耳元で愛を囁いた。

「そんなこと……ないです……」

 体を揺らされながら、『世界一』という言葉に胸が熱くなる。

「いいや、本当だ。君とこうして愛を交わしているとすっかり自分を見失ってしまう……。はあ……っ、そろそろ、いいかな?」

 隘路を往復する熱い欲望が脈動し、はけ口を求めて猛り狂っているのがわかった。

「はい……、私、も……、また…ぁ、あんっ、あ……」

「ピア…‥っ、ピア……」

 全力でピアを抱きしめ、激しく腰を叩きつける。愛情と本能の命じるまま、二人の欲望が絡み合い、頂点に向かって一直線に突き進む。

「私の、……全てを受け止めろ……っ」

 ズンッと最後の一撃を打ち込み、アンソニーは果てた。彼の濃厚な精力を受け入れながら、ピアもまた閃光に包まれる。

(そうよ……私にはこんなに素敵な恋人がいるのだから……)

 背中を包むアンソニーの熱と伝わる速い鼓動を感じながら、ピアは自分に言い聞かせた。

(殿下のことは、もう忘れるのよ……)

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