愛の手引き(前編)

 翌夜、キアラは好奇心で胸を昂《たかぶ》らせ、やや息を乱しながらラシャードの宮殿に踏み入れた。本から顔を上げた王子は「そこに」と、壁ぎわに積み上げられた大きなクッションの方を指し、昨日と同じように天井から吊るされたランプの下で静かに本を閉じた。

「どうした? まずエギュンと話がしたいのか?」

 キアラの躊躇いを悟ったのか、彼が目を細めた。

「あんな巨漢の奴隷で私を脅すのは止めてください」

 キアラは拳を固め、相手を睨みつける。それを受けラシャードは楽しげに口元を歪めた。

「奴隷? エギュンを奴隷と軽蔑するのか? だが彼もお前と同じように体が求めるがままに息をし、飲み食いし、考える。たとえ一生変声せず、普通の男なら持つはずの能力を得られなくても、その人間の本質はお前と全く変わらない」

「あなたは、その講義とやらで私が従順になるとお思いでしょうけど、一つお忘れのようだから思い出させてあげるわ。私は自ら敵の手に堕ちるような女じゃないの。私はこの世で唯一偉大な力を持つレスアの民ですから」

「おまえたちの星はやがて宇宙(そら)から消え去る。君主にはどう伝えられているかは知らんが、事実、おまえたちの指導者は西の国の力にはもう及ばないだろう。彼がおまえの国の街という街をその民の血で溢れさせるのも時間の問題だぞ」

 キアラは奥歯を噛み締めた。それは、王宮に出入りするものたちの間で密かに語られ、キアラも知りすぎるほど知っていた。

 ただ、誰として今日までそれを受け入れていないはずで、キアラもその一人だった。 

 現皇帝がどのように今の座に着いたのか、武勇伝として年長者から聞かされた幼いキアラも、今はすでに十七だ。

 数々の闘いで得た勝利。無敵のレスア。しかし、それは知恵のある戦略や和解の上に成り立ったものではなく、繰り返される無慈悲な殺戮の歴史であったと気がつかないほど初心ではない。

 しかし、それを恥じれば、その名誉を自ら手放すことになる。そして剣で制すればかならず剣の報復を受けることも、ラシャードから暗示されずとも明白だった。

――いつどんな時でも、誇り高きレスア人であれ。

 キアラに度々言い聞かせた時の、寂しげな父の青い瞳が瞼の裏に蘇った。

 それは愛妻を失った一人の男の哀しみ。

 現皇帝の五番目の妹であった亡き母は、キアラの幼い頃、皇帝暗殺を謀った敵国の隠謀に巻き込まれ、命を奪われた。

「こちらもひとつ教えておいてやろう」

 ラシャードの穏やかな声に我に返り、キアラは目を瞬かせた。

「おまえの国の最北は、すでに私の兵たちが抑えられる状態にある。そこが堕ちれば、レスアという国が堕ちたも同然なのだよ、私の気高き処女よ」

「神がそんなことはさせないわ!」 

「私たちは近く、イルディンに感謝するだろう。おまえたちの国を賜ったことにな」

「イルディン? あなたたちの神様だったかしら? 私たち女をこんな所に閉じ込めて悦びも与えない立派な神様よね!?」

 息巻き、侮辱を含んだその言葉は、ラシャードの激しい怒りを買っても不思議はなかったが、驚くことに、彼は声をたてずに笑った。

「もしそう思うなら、おまえはイルディンに感謝すべきだな。おまえがこの地獄に辿り着かねば、その反抗心はサヒドに粉々にされていただろう? さあ、そこへ座れ」

 再びラシャードに対する怒りが込み上げて来たが、キアラは胸の前で腕を組み、クッションの上にどっかと座った。しばらく静かにキアラを見ていた王子は近づいて来、隣に座った。不安げに見上げる彼女に柔和な笑みを見せ、金糸を混ぜて織られた敷物の上に優しくその体を押し倒した。

「決して傷つけはしない。おまえの体も、名誉も、だ。ただじっとしていれば良い。触れるだけだ。昨日と同じように……」

「私の話を聞かないでこの扱いって、十分誇りを傷つけてることに気がつかない?」

「そう思うのは最初だけだ。じきに昨日のように気に入るはず」

「き、気に入ってなんか……!」

「そうか? なら私の思い違いだったな。さあ、目を閉じろ。今夜おまえが学ぶのは、目を閉じたままでも私を信用することだ」 

 キアラは諦めて目を閉じた。こうしている間は相手の、自分をからかうような視線を避けられる。

「無抵抗な女にこんな仕打ち……賢い王子がご自分の品位を落してるってわからないのかしら?」

「品位を落すとは、サヒドがおまえに求めた行為だ」

 声が近くなり、ラシャードが隣に横たわったのを肌で感じた。

「私はその真逆だ。おまえに信頼は何かと教えるのだ。私の手を、私を敵ではなく、おまえを慈しむものだと……」

 慈しみ? 思わず胸内で言葉を反芻したキアラは、昨日のラシャードの繊細な愛撫を思い出さず

にはいられなかった。そして、その時感じた体温がそのままの熱を持って今自分の肩から伝わっているのに気がつくと、クッションに深く身を沈めた。

 昨日と全く同じ穏やかな手つきで、薄衣が肩からゆっくりと、胸が露になるまで下ろされていく。

(目を閉じていてよかった)

 キアラは内心ほっとしていた。彼がどんな目で自分を見ているのか知らずにすんだし、何よりも、これから受ける愛撫を想像して、瞳に浮かんだ期待と好奇をラシャードに読まれる心配はなかったからだ。

 王子はゆったりと、キアラが既に知った手つきで肩を、腕を撫でていた。それが乳房の上で優しく円を描くと、キアラはふるりと身を震わせた。肩と首の延長線上であるのに、その甘美な愛撫を受けるには乳房はあまりにも敏感だった。

「すでに期待しているではないか……」

 王子は満足そうに呟いた。

「どうして……?」

「この中心が……、おまえの愛欲が膨らみ始めているのだ。だが、触れたらもっと起き上がるはず」

 ラシャードの手が乳房を包む。下から掬い上げるように、その親指で胸の突起を擦り、転がし始めると、キアラは息を詰めた。

「美しい胸だ。大きすぎず、この弾力……。どんな男でもこの乳房を目にしただけで情慾をかき立てられるに違いない。蕾の淡い色合い……触れてくれと言わんばかりに光沢を放っている。おまえの肌にも十分魅惑されるが、私は未だかつてこのような純潔な体を目にしたことは無い……」

 ラシャードの長い溜め息が乳房を撫でた。

「兄の後宮に黒髪の女がいて、それは美しかったが、残念なことにそばかすが目立っていた。しかし、博識だった。私は暇を見つけては彼女と時間を忘れて語り合った」

「お兄様と女性を共有するの?」

「おまえの想像とは違うがな。昔はよく兄の後宮を訪ね、女たちと歌や詩を楽しんだ。先の女はイルディン教典を全て暗唱出来た。そして私はとうとう兄にその奴隷を譲ってくれと頼んだ。それほど信心深く、賢い女だった」

 キアラは、ラシャードが胸を撫で、優しく捏ねながら話している間中、彼の言葉を追うのに必死で努力していた。ある時は壊れ物を扱うように柔らかに、ある時はその形が歪むほどに強く。指は濃く色づいた先端を常に転がし、時折摘んでは軽くひねり上げる。敏感な場所を攻め続けられ、キアラの思考は揺らいでいた。

 緩急を付けた手の動きに肌は熱を帯び、だんだん強くなる刺激に瞼の裏で小さな星が瞬いた。意識がどこかへ飛んで行ってしまわないよう、キアラは浅い呼吸の合間にラシャードに話し掛けた。

「そ……それは、まるで知恵によって女性の価値が変わるって言っているみたい……」

 正直、話などしたくなかった。この瞬間にもふつふつとこみ上げてくる甘い快感にただ身を委ねていたかった。しかし、この場で口をつぐんでしまうと、自分がラシャードの愛撫を快く受け入れたことを即座に彼に悟られてしまうのもわかっていて、それだけは『名誉』を守るために絶対に避けなければならなかった。

「その通りだ。父も祖父もその考えは同じく、彼らの回りにいる女たちは皆、才に長けていた。

まだ若い奴隷には学校にも通わせたものだ。読み書きはもちろん、唄や踊りの稽古もさせた。残念ながら女には男のような肉体的な力はない。いざとなって女が身を守るには知恵しかないのだ」

「だから……、あなたもその風習に倣って私にジュナイの言葉を覚えさせたのね……」

「そうすれば、お互いもっとよく知り合えるだろう? 相手の慣習を知ることで親密になる。……真理だと思わんか?」

「無関心じゃ……だめってこと」

 キアラは火照る身体から、なるべく冷淡な声を押し出した。

「だめだ……さあ、いい加減に黙れ。おまえは質疑応答のためにここにいるのではないはずだ」

 ラシャードの、胸を包んでいた手は肩まで滑って優しく首を撫でた。それから身体の曲線を堪能するかのように両手は緩やかに下りて行く。同じ動きが繰り返されるなか、キアラの胸の先端はじんじんと痺れ、まだラシャードに触れられている錯覚に捕われていた。

 くすぐったいような感覚はすでに脚の付け根にも感じていて、彼の手が大胆に身体を、太腿を這い回り始めると、思わず両脚を摺り合わせた。まだ誰にも触れられたことのない身体……。それなのに、自分はラシャードの愛撫を喜んで受け入れ、次に触れられるだろう場所は、期待に待ちわびている……。身体が熱い……。奥が――熱い……。

 手の下のクッションを掴みながら、呼吸を乱していたキアラは、ふと、自分の上に伸し掛かる体温を感じた。直後、彼女の全身が弾んだ。

「ぁ……んっ!!」

 乳房の突起がラシャードの口に含まれていた。熱く、濡れた舌は即座に蕾に絡み付く。

「やぁ……っ……」

 尖った舌先で根元から抉るように乳首を転がされ、キアラは思わず甘い声を漏らした。朦朧とした意識の中で、自分の声に我に返り、きゅっと唇を噛む。しかしそれは束の間の抵抗で、ラシャードが乳房に添えた両手をやわやわと動かしながら、先端を優しく吸い始めるとキアラの薄く開いた唇から、乱れた呼吸に交じって喘ぎ声が溢れた。

 ぴくんぴくんと下半身が波打つ度に、ラシャードの猛りに当たる。その熱がまだ何か良く分からなくとも、雄を求める本能が目覚めたのか、子宮がきゅんと戦慄き、彼女は羞恥に頬を火照らせた。

「や……っ………ぁ……あ…………っ」

 片方で乳房を、もう一方の手で身体中を撫でられ、そこから伝わる熱で溶けてしまいそうだ。目の奥で桃色の霧が渦巻き、柔肌にうっすらと汗が浮く。塗り付けられた香油とキアラ自身から滲むものが混じり合い、強く立ち上るその芳香に理性が鈍麻になる。

 ラシャードの熱い舌は痺れる乳首をこれでもかと激しく擦り上げ、甘噛みを繰り返す。口内に溜めた唾液をまぶし、じゅるじゅるっと、わざと高い水音を立て、強く吸いあげる。外側から両の乳房をぐっと中央に寄せると、出来た谷間の深みに舌を潜り込ませてから、その陵丘をねっとりと上昇する。繰り返される淫猥な愛撫にぞくぞくと鳥肌が立つ。呼吸が浅くなる。

(だめよ………。声なんかだしちゃ……。私は自分から身を投げ出すような女じゃない……。私の名誉はこんな卑劣な誘惑に傷つけられてはいけない……)

 快感に押し上げられる声を抑えようと、口に持って行った手を噛んだ。しかしすかさず、手はラシャードに再びクッションに縫い付けられた。うっすらと滲んだ視界に、欲望に燃えた琥珀の瞳があった。

「なかなかいい声だ……」

 掠れた声で王子は言うと、再びつんと張り切った乳首を咥えた。根元を歯で軽く挟んだまま、舌先で殴打する。その痛みさえも愉悦の奔流にのまれ、キアラは絶頂へとものすごい勢いで流されていく。

「あ……、んぁ……や、……やっ、や…………」

 ラシャードは、抑えていた手を放して再び両手の指を乳房に深く食いこませた。咥えていた右の乳首を解放し、左へちゅぷりと吸い付くと、丹念に舌先で練り回した。右の蕾は指で根元から引っ張りながら、くにくにと捻る。両の乳首をこれでもかといたぶられ、それでも、官能の波に溺れまいと苦しげに眉を寄せるキアラの顔が振り乱れる。彼は口内で蕾に舌をそよがせながら、キアラの全てを飲み込む勢いで吸い上げた。

「あぁぁぁぁ………!! っ……は…………ぁっ!」

 細い嬌声をあげたキアラの背が仰け反ると、ラシャードは柔らかな乳房に顔を埋めたまま、強張った華奢な身体を強く抱きしめた。短い戦慄きの直後、身体からぐったりと力が抜けた。

「今夜の講義にご満足いただけたかな?」

 腕の中で、キアラの呼吸が穏やかになったのを頃合いに、彼は口を開いた。その声に、キアラは朦朧した意識の中で相手を見上げたが、その琥珀の目にからかうような笑いを見ると、慌てて俯いた。その視線の先に、ラシャードの無数のキスの印が刻まれた乳房がゆったりと波打っている。散々時間をかけて愛撫され、色づいた先端は濡れて妖しく光り、未だに天に向かって立ち上がっている。そこにはまだ甘い痺れがじんじんと燻《くすぶ》っていた。

「ラシャード様こそ、(わたくし)でご満足いただけましたか」

 王子はキアラを覗き込んだまま少し肩をすくめた。

「満足も何も……私は何も特別なことをしたわけではないのだが、おまえのようにここまで感じやすい女は初めてだ」

 それを聞いたキアラの頬が朱に染まる。――これでも……我慢してたのに……。でも、結局何がなんだかわからなくなっちゃったけど……。

「そ、そういう振りをしていただけだと言ったら?」

 ラシャードはクッションとキアラの背中に挟まれていた手をやや持ち上げ、自分の方へ引き寄せた彼女を正面から見据えた。

「それは違う。それくらい私が見破られぬと思うのか? その反対だ」

 ラシャードはそこで言葉を切り、初めてはにかんだ。

「おまえは感情をもう少し抑えなくてはいけない。そうでなければ、私はおまえの恍惚とした表情に、甘い声に煽られ、抑制が利かなくなるところだった」

 恥ずかしさと、からかわれたという怒りが、キアラの身体を動かした。

 腕に力を入れて相手の肩を押し返し、彼の下から這い出すと、半身脱がされた服を手早く整えながら、王子を睨んだ。

「もう……、下がってもよろしいですか!?」

 その噛み付くような口調にラシャードが思わず噴き出すと、キアラの眉間の皺が一層深くなる。

「もちろんだ。今夜の講義はこれで終いだ」

 それを聞くと、キアラは大股で部屋の出口へ向かった。そんな彼女をラシャードの艶のある声が送り出した。

「明日が楽しみだな。私の美味なる女神よ」

< 前へ    次へ >    目次