楽園へ

『レスアの公使が到着する前に、キアラは宮殿に来なくてはならない。公使はキアラと一対一の面会を所望している。そこで彼女はおまえの妻としてカルファの寵愛を受け、容認されたと自分の国の使者たちになんとしてでも証明するのだ』

 ダナニヤが夫であるカルファの言葉を、自分のもとに呼び寄せたラシャードに伝えると、彼は眉をひそめて躊躇いを露にした。

 ラシャードがキアラに求婚して二週間ほど経つが、カルファは結婚の式典を挙げることを禁じていた。それというのも、サヒドの暴挙が明るみに出たとたん、その原因であったキアラの、『レスアの王族』という素性も一緒に漏れ出た結果、異国の王族の娘の宮殿入りという前代未聞の状況に、栄誉あるカルファの一族は悩まされていたからだった。

 キアラが公式にカルファに忠誠を誓わなければ、それは異教の者を黙って宮殿に置いているカルファに国民の不審が募ることとなる。

「それは出来ません」

 ラシャードは驚いている母親を見、手で顎を擦りながら思案深げに答えた。

「なぜだ? つまり、おまえは女がこの機会にまた逃げ出すとでも思っているのか。こちらの監視が無いことを幸いに、公使に自分を故郷に連れて行けと頼むと? そんな心配は無用じゃ。息子よ」

 ダナニヤは諭した。

「それに、娘がカルファにいよいよ愛を示すよい機会ではないか……」

「教典に定められている、『カルファに跪き、その手に、足に祝福の口づけを』ですか……。カルファの寵愛を受けるためとはいえ、あのキアラがそれを……」

 ラシャードはますます顔を曇らせ、溜め息をついた。

「キアラにはその心づもりがないとでも!?」

 声は厳しくも、唇は微笑みに弧を描いていた。

「まず、その話さえ持ち出せないでしょう」

「息子よ。おまえは後宮の秩序を守らねばならぬ。そしてキアラにはここでの礼儀を覚えさせ、カルファ、おまえの父親と面会させなくては、この話は先に進まないのはわかっているな?」

  *

「レスアの民は神の御前に跪くのよ! そして忠誠の口づけは大司教様の御手に。足なんて屈辱もいい所だわ!」

 キアラは憤慨に声を高めた。

「しかし、そういうものなのです」

 アズーラは、まるでその反応を予想していたかのように静かに応えた。

 キアラに婚姻の祭典についてのしきたりを教育するというやっかいな仕事は、もちろんこの熟年の侍女に押し付けられていた。

 そして、彼女もまた、自分以外に適任はいないと自負していた。キアラの扱いはすっかり心得ている。

「よくお考えくださいませ。それはカルファのためではなく、ラシャード様のためなのです。公式の場でまさかそんな反抗的な態度で臨み、ラシャード様の面目を踏みにじるおつもりですか? そうなれば、カルファのお怒りは逃れられません。そして妻となるものの躾が不十分だと、ラシャード様がお咎めを受けるのですよ。それにまず、正室に認められないでしょうね」

「え? ラシャードが私のせいで叱られてしまうの?」

 キアラは、自分から数歩離れて立つアズーラに眉をひそめてみせた。

「そういうものなのですよ」

 アズーラは、腰に手を当て、満足げにキアラを見た。今日はカルファへの謁見の日だ。そして、それが無事に済めば、翌日は婚姻の式典という運びになっていた。そのために、彼女は朝早くから普段よりも気合いを入れてキアラを飾り付けていたのだった。

 背中に垂らした髪を、真珠をちりばめた網でまとめ、薄紫の絹のチュニックドレス上衣は丸く開いた襟元から幅広の袖口まで金糸で蔦と薔薇の刺繍が施してある。足首で絞ったゆったりとしたズボンの脇にも揃いの模様が連なっていた。

 細い腰を強調するように巻かれた幅広の帯には宝石がちりばめてあり人々の注意を惹くのは当然と思われたが、さらに、そのやや上にある丸い乳房の張りにも目を奪われるに違いなかった。

 そしてラシャードの贈った宝石で飾られた体は、まばゆい光をまき散らしていた。

「まるで、輝くざくろのようだな」

 様子を見に、部屋に入って来たラシャードはキアラにまた一つ新しいエメラルドの首輪をつけ、その首筋に唇を這わせて言った。その間に、アズーラはやはり宝石が縫い付けられた靴を、キアラに履かせた。

 最後に、衣装と同じ色の薄いベールを被り、顔をすっぽり覆わなくてはならなかった。

 女性は夫以外に肌を見せてはならない。それがこの国の掟の一つだった。

 キアラはラシャードに手を取られ、アズーラに見送られながら中庭に用意されていた駕篭に乗った。ラシャードは白馬に股がり、その横に着いた。上半身裸の筋骨隆々な宦官が担ぐそれは、船の待つティレ河のほとりまでキアラを運んだ。

 川岸に用意された船は日よけのために金糸の房に縁取られた天幕で覆われており、それを支える柱も、しつらえられた座椅子も品のある豪奢な装飾で眩い。

 ラシャードとキアラが隣り合わせに座椅子に座ったのを確認すると、前と後ろに四人ずつ立った漕ぎ手が櫂を同時に動かし、ぐんと船は前に進んだ。キアラは天幕を少しよけて、外を覗いた。

 川面をきらきらと反射する光に目を細めながら、岸の様子を物珍しげに眺めた。鳥が羽を広げたように葉を茂らせるヤシの木は岸に沿って並び、道行く人々から強い日差しを遮っている。店先いっぱいに商品を並べた果物屋や布屋、鋳物や焼き物が積まれている小さな店、いっぱいに詰められた香辛料の布袋が並ぶ屋台。子供に追いかけられている野良犬。それを冷やかしている人々の喧噪。それら色とりどりの雑踏を目で楽しみながら、突然、ここで一生暮らして行きたいという思いに駆られた。

 キアラはジュナイのしきたりのいくつかを知ったばかりで、今でもそれに戸惑うこともある。まだ知らない風習に慣れるには時間がかかるだろうし、それがまた自分が信仰していない神に付随するものだ。それらの戒律を納得できず、今回のようにラシャードと衝突するかもしれない。でも、なにより誤解は解けた。そして愛はさらに深まった。

 困っているとき、弱っている自分に手を差し伸べ、救ってくれるのは他でもない、隣にいるラシャードだ。愛の言葉をかけ、抱きしめてくれるのは天の国の神ではなく、ラシャードただひとり。

 そして、この国の神がラシャードと引き換えに自分の『自由』を犠牲にしろというなら、悦んでそうしよう。なぜなら、ラシャードもまた自分に彼の『自由』を差し出したのだから。

 キアラはラシャードの麗朗な横顔に視線を移すと、ずっと包まれていた手をきゅっと握り返した。ラシャードが不思議そうにキアラを見たが、すぐに笑みを浮かべるとベールを持ち上げ、恋人の唇を優しく食んだ。

「何も案ずることは無い。麗しき花嫁よ」

 唇の上で囁かれたその言葉に、キアラは大輪の薔薇が咲いたような高潔で自信に満ちた笑みで応えた。

 カルファの居住している宮殿の一つに着くと、迎えに出た宦官の後ろをラシャードとキアラは並んで回廊を進んで行った。

 豪奢な石造りの宮殿には庭から入り込むさまざまな花の香りが満ちていた。やがて、美しい彫りの重厚な扉の前へ来ると、宦官は二人を中に通して外からそれを閉めた。

 大広間のずっと向こうに立派な玉座があり、そこに一組の男女が座っていた。慇懃に体を折ったラシャードに倣って、キアラも同じように礼をする。船の中で、ラシャードの合図があるまでその場で待たなければいけないのは聞いていた。

 キアラは睫毛の下から興味津々にベールの向こうの様子を伺った。気をつけて歩かないと滑ってしまいそうなほど磨き込まれた大理石の床が、音を全て吸い込み、冷たく光っている。

 玉座まで行き、再度深々と礼をしたラシャードが次にとった行動を、キアラは視界の先に捕らえて思わず顔を上げた。

 彼女が目にしたのは、彼が床にうずくまるようにして絨毯に額を擦り付けた姿だった。

 やがて顔を上げたラシャードは、カルファとその隣の絶世の美女の手に口づけてから、脇に積まれたクッションの一つをとり、その上に座った。そして肩越しにキアラの方へ頷いたのを合図に、キアラもラシャードの座る場所まで進み出た。

 カルファの前で膝を着いて三度の礼――アズーラから手ほどきを受けた正式な挨拶――をした。カルファがやや身を乗り出すように差し伸べたその手を取り、ラシャードのしたのと同様に口付ける。そして、何の躊躇いもない淀みない所作で頭を沈め、その足にも唇を触れさせると、隣の女性の微笑みを受けながら、手にも口付けた。

 ラシャードの隣に座り、顔を俯かせているキアラにカルファはやっと聞き取れるほどの低い声で、顔を上げるように言った。そして、身を乗り出して彼女のベールを持ち上げると、現れた顔をしばらく黙って見下ろした。

 その眼差しは、深い静寂と慈愛に満ちていた。この瞳を見たら、信者でなくても跪かずにはいられない力が秘められていた。

 カルファはラシャードに一つ頷いた。

「良い選択だ、息子よ。この者の高潔な美は人を虜にする力がある。ところで……」

 カルファはキアラに向いた。

「そなたはレスアの王族の血縁と聞いたが、まことか」

「はい。さようでございます」

 キアラははっきりとそれだけ答えると、カルファを真っすぐに見据えた。

『カルファはラシャード様とは違います』

 カルファとの面会が決まると、アズーラは幾度となくキアラに言い聞かせていた。

『カルファは賢い女性に寛容ですが、お喋りが過ぎるのはいけません。カルファの知恵に勝る者などこの世界に一人もいないのです。退屈させて機嫌を損ねてしまうのが関の山ですから、どうか質問の答以外は口をお開きになりませぬよう』と、口を酸っぱくして言っていた。

「息子の話ではそなたはチェスの名手だと。私もその遊びに目がないゆえ、近いうち、私の相手になってくれると嬉しいのだが」

 『名手』だなんて、とんでもない。キアラは身体中の血が沸騰したかのように熱くなるのを感じたが、急いで「もちろんです、光栄の至り……」と答えると、上目でラシャードを睨んだ。

 彼は確かにその視線に気がついたはずだったが、白々しく涼しげな横顔を見せてカルファの幾つかの問いに答えていた。

(ラシャード様とチェスをした夜。あの時から私は彼にすっかり手懐けられてしまった)

 その夜が過ぎてからもうだいぶ経つのに、そのときのラシャードに対するときめきがつい昨日のことのように蘇る。

 ふと、男二人の会話が途切れ、静寂が落ちたと思うと、カルファは手を伸ばしてキアラの薔薇色の頬に触れてからベールを元通りに直した。

「行くが良い。私の娘よ。妻がそなたを客室へ案内するだろう」

 ダナニヤは優雅に立ち上がると、キアラを促して扉の方へ歩き出した。

 不安げに振り返ったキアラは、ラシャードの顔に安堵とダナニヤへの感謝が現れているのを見た。

 キアラは後ろ髪を引かれる思いでダナニヤの新緑色のガラベーヤの背中を見ながら宮廷の奥へ進む。

 すれ違う美しい奴隷たちは足を止め、好奇心と尊敬を露にキアラを見送った。やがて奴隷たちの集まる大部屋を抜け、その部屋とを仕切る木の格子を押して本棚の並ぶ部屋に入ると、ダナニヤは部屋の中央で佇んだ。

「カルファと謁見をした広間は式典や祈りの場で、こちら側から女たちの居住区になっている。ここは読書室で誰でも立ち入りは自由じゃ」

 そう説明したダナニヤはにっこりと微笑んだ。そして装飾品の微かな音を立てながら細くしなやかな腕を上げ、キアラの方へ伸ばした。

「さあ、そろそろそなたをこの腕に抱かせて、私の娘として歓迎させておくれ」

「あなたが、ラシャードのお母様……?」

 アズーラからダナニヤの話は耳にしていたものの、正室は四人までと聞いていたので、ダナニヤにきつく抱かれたまま、キアラはつい尋ねていた。

「そして今日からはそなたの、でもある」

 その言葉にキアラの胸に感動が込み上げる。ダナニヤはすっと体を離し、その気持を読んだように目を細めた。

「そなたは我々に随分と厄介ごとを持ち込んだ。だがその全ては結局幸運と転じた。そなた自身にもラシャードにも後宮にも、そしてこの国にも。そなたは運の強い女じゃ。そして人を率いる男には強い運が必要だ。そなたはラシャードにはうってつけなのだ」

 指先でキアラのたおやかな顔の輪郭を撫で、床のクッションの上に座らせると、入り口に控えていた奴隷女に冷たい果汁を持って来させた。

 銀の杯からそれを口に含むと、ざくろと仄かに薔薇が香る。それからキアラはダナニヤの質問攻めに合い、しばらくするとすっかり二人は打ち解けてしまった。

 そうしているうちにキアラは、急に隣の部屋が騒がしくなったのに気がついた。もしやと思い、格子に駆け寄ると、大部屋でラシャードが奴隷たちに囲まれている姿を認めた。

 彼は他の四人の男性たち――カルファの正装をした――と一緒で、そのどの者たちよりも背は高く、精悍な体つきをしていた。怜悧を備えた美しさは言うまでもなく、話かけてくる奴隷たちに笑み、頷いている。キアラはそんな恋人を誇らしい気持で見つめていた。

「あれがカルファの息子の中で一番美しい」

 隣に来たダナニヤは耳元で囁いた。

「そして一番気高い。あれがカルファにならないとはなんとも惜しいことじゃ。あそこにいる四人の兄たちが後を継ぐのだ」

「でも、カルファにならなくてよかったと思います」

 キアラは呟いた。

「だって、そうしたら私のための時間なんて全くなくなってしまいます。他の二百六十四人の女たちの愛を受け、愛を与えて満足させるのもカルファのお務めなんですよね?」

「二百六十四人……」

 不安げに瞳を揺らす義理の娘をダナニヤは呆れたように見つめた。

「女性たちは若いし、美しいですし……」

「そなたは何もわかっておらぬ」

 ダナニヤは心底可笑しそうに笑い、キアラの腕を引き寄せた。

「あの男をよく見るがいい。ラシャードはこの国中で一番美しく、高潔で強く、そして一番誠実じゃ! 私に感謝するが良いぞ、キアラ」

 キアラがきょとんと義理の母を見つめていると、よく知った声が静かに響いた。

「愉しんでいるか? 私の可愛い花嫁よ」

 キアラは手を伸ばし、正面に立つラシャードの服の開きから手を差し入れ肩に触れた。

「ええ。でもラシャード様がいらっしゃらなければ愉しみなど……」

 キアラの手を取り、彼は熱っぽく見つめながら宝石に飾られた指に唇を近づける。

 その二人の間にダナニヤの、笑いを含んだ声が割り入った。

「そなたたち、それは私のいない所でしておくれ」

  *

 青い幕が波の様に広間の丸天井を飾り、陽の光を反射して広間を青に染めていた。香しい香木が焚かれ、太い柱の一つ一つにも青いリボンや花が巻き付き、秩序ある美しさを演出していた。

 一段高い壇の上に四つ並んだ玉座に向かって右からカルファ、ラシャードの父、ダナニヤ、ラシャード、キアラと座った。玉座の側の壁際には護衛と、百人近い、男も女も着飾った奴隷たちがずらりと並んでいた。

 やがてドラとたくさんの鈴の音に合わせるように、大きく開かれた扉から一人の男が入って来た。そのすぐ後ろから数人の塊が続き、それぞれに包みや箱を携えている。

 レスアの高級書官の正装姿の彼は、カルファの手と足に口付けた後、後ろの役人たちに合図をして贈り物を捧げた。絹の織物、金や銀の食器や宝石で出来た彫り物。カルファの前に山になったそれらは、すぐに奴隷たちに場所を移された。

 公使とその一団は祝言を述べて厳かに広間を後にした。

 それからはジュナイの僧たち、貴族と言う貴族、特別に選ばれた一般市民たちの列が玉座の前から外まで長々と伸びることになった。それから『献上物、祝言』の繰り返しで、それが永遠につづくのかとキアラがベールの下で小さくため息を吐いたとき、人の頭がひしめく真ん中辺りに、どこか見覚えのある紫紺のマントを見つけた。

 俯き加減のその顔は、まだフードに隠されたままだったが、その男が近づくにつれそのマントの色はキアラの記憶を鮮やかに、確信を濃くして行った。

(まさか。まさかそんなことがあるはずがないわ)

 それでも、その薄い肩、小柄でも真っすぐに伸びた背筋の見せる面影は、確かに父だった。

 キアラは無意識に、落ち着き無く座り直したり、床を靴の踵で鳴らしたりした。

「静かに!」

 ラシャードの向こうからダナニヤが鋭く囁いた。

「でも……でも……!……ああ、そんなことって。そんなことって」

 キアラは動揺し、肘掛けを掴む手を震わせる。急に花嫁が興奮しだした理由が思い当たらないラシャードは彼女を安心させるようにその手を包んだ。

「あそこにいるのは私の父なのです! 間違いない……私の、愛する父なのです!」

 とうとう男はカルファの前に立つと、そのフードを外した。後ろに撫で付けられた、乾いた灰色の髪、顔に深く刻まれた皺、髪と同じ色の豊かな髭。そして、穏やかなオリーブ色の瞳。その瞳が自分に向けられた時、キアラは雷に打たれたような衝撃を受けた。

(お父様……! お父様!! やっぱり……!)

 身を折り、カルファに祝福をしている父の横顔が涙に滲む。

 その時、ラシャードの手がきゅっとキアラの手を握ったと思うと、彼は立ち上がっていた。玉座から下り、キアラの父の腕を取って再び壇上に戻って来た。

 人々は何事かとざわめいたが、カルファが右手を上げただけで広間は静寂に包まれた。

 ラシャードがキアラの父の前に膝をついた。彼を見上げ、右手を取って自分の額へ当てる。

「私にあなたの寵愛を授けたまえ。私の父よ、あなたの娘、私の愛して止まないキアラが生涯この地に住むこと、そしてあなたの博識を受け継いだ彼女が私にそれを享受することをお許しください」

 広間に響いたラシャードの凛とした声は、始めキアラの鼓膜にまるで音楽のように聞こえた。そして、その意味がわかるとベールの裾を目に当て、すすり泣きに肩を震わせた。

  *

 婚姻の式典の後、数日をカルファの宮殿で過ごしたキアラと父親は、カルファ一族の厚い持てなしを受け、ほとんど二人きりになれないでいた。

 その様子を見たラシャードが、キアラに一週間だけの約束で父との帰郷を許した。

 その時期、カルファの家系に属する者は幾つか大事な儀式に参加しなくてはならないため、ラシャードは同伴出来なかったが、キアラは久しぶりの我が家で、父親や、気心の知った侍女に囲まれて寛ぎ、羽を伸ばすことが出来た。

 再会したエニアスも、キアラとラシャードが結婚したことを心から祝福した。もちろん、祝言に添えてラシャードへの嫌味の一つや二つ、笑顔で添えることも忘れなかった。

 一週間はあっという間に過ぎた。

 それなのに、ラシャードにもう何ヶ月も会っていないような気がした。ジュナイに向かう道のりはとてつもなく長く思え、彼に早く会いたい気持ばかりが逸った。だから、ラシャードの宮殿の自分の部屋へ夫が入って来た時、キアラは我を忘れてその胸に飛び込んだ。

「愛しい人。私はこの感謝の気持をどう表したらよいかわかりません……。父と再会出来ることなど、とっくに諦めていたのに、あなたは故郷で父と過ごす時間まで与えてくださった……」

「賢者は、我々はよろこんで歓迎するぞ」

 腕に抱いたキアラを引き寄せ、微笑むとそのまま優しく口付ける。

「だが、おまえが私に感謝する以上に、私はおまえへの感謝の気持でいっぱいだ。美しい花嫁よ。おまえはカルファに祝福し、忠心を誓った」

「私は、あなたのためにそうしたまでです。そうしたかったのです」

 キアラの声音はどこまでも穏やかだ。

「そうでなければ、知らない男性の足に口づけなど出来ません。私の身体と魂のご主人様であるあなたに、純粋に、私の感謝の気持を見せたかったのです」

 ラシャードの前にキアラが膝を着くと、彼は慌てて腕をとって起き上がらせた。

「だめだ。二度と、もう二度と私の前に跪いてはいけない。高潔なレスアの娘よ」

 ラシャードはキアラの体を横に抱き上げると、そのまま庭を横切り、自分が宮殿を留守にする前に愛し合った天蓋で覆われた東屋へ入った。寝台にキアラを下すと、逸る気持を抑えきれない手つきで、彼女の高価な服を脱がせる。

 部屋の中はさまざまな色の薔薇が活けられた花瓶がそこかしこに置かれ、むせぶような芳香が漂っていた。

「一体何をなさるおつもり?」

 新婦は明らかに楽しみを心待ちにした笑みを浮かべた。

「まだ講義が残っているのですか?」

「講義はもうお終いだ。詩だ。おまえに聞かせたい詩がある」

「まだ私のために詩を詠んでくださるのですか? さあ、聞かせてください!」

 期待に瞳を輝かせ、ラシャードを見つめるキアラに、彼は近くの花瓶からまっ赤な薔薇を一本取って差し出した。

「詠むのは私ではない。この薔薇だ。私が『キアラ』と名付けた……」

 そう言って、キアラの隣に肘をついて体を支えると、その八分咲きの薔薇を彼女の額に触れさせた。そしてそれは細い鼻梁を撫で、頬へ降りて行く。花弁のビロードの感触を唇に拾った時、キアラは瞼を閉じ、体を伸ばした。

 薔薇は動きを止めず、そのまま首筋を鎖骨を、肩を彷徨ってから、やっと乳房の麓へ辿り着く。ラシャードは薔薇の頭を盛り上がりに旋回させながら、震える先端に近づけて行った。まだ立ち上がり切らない乳首の周りで花を滑らせる。たまに先端を掠めると、ふつふつと白い肌が粟立ち、突起も徐々に色づきながらつんと張りを見せた。

 その時間をかけた、乳房への優し過ぎる愛撫に全身をじわじわと焼かれるようなもどかしさを感じ、キアラはねだるように身を悶えさせる。しかし、ラシャードは、さらにゆっくりと薔薇を下腹の方へ移動させた。臍の周りを幾度か回り、くぼみを花びらでくすぐる。そして、やっとキアラがずっと待ちわびていた秘裂に辿り着いた。

「ら、ラシャードさま……」

「堪るのだ、愛しい人」

「せめて……、口づけを……」

 ラシャードは、瞳に涙を滲ませたキアラにふっと顔をほころばせ、体を折ると、薄く開いた唇を優しく食んだ。その首にキアラは素早く腕を絡ませ、夫を引き寄せた。

 ぴたりとキアラの唇を覆い、潜り込んだ彼の舌が今までの薔薇の動きを彷彿させるように優しく口内を犯す。しかしそれは、キアラの欲望を宥める効果は全くなく、ちらつき始めた官能の火に油を注ぐことになってしまった。

「私の愛のご主人様……あなたの哀れな奴隷をこれ以上待たせないでください……」

「奴隷ではない。私の妻だ」

 乳房の上に所有の印を散らしながら、ラシャードはくぐもった声を出す。

「あなたの飼い馴らした……、あなたの後ろを付いて回り、あなたが呼ぶまで家の前でじっと待っている妻でしょう?」

 キアラの媚を含んだ流し目に、彼は尖り切った紅い先端に軽く歯を立てて応えた。

「おまえの愛を勝ち得た以上に、私が幸せを感じたことは人生に一度としてない」

 ラシャードの手は、滑らかな肌を撫でながら下降していく。

「そして、今すぐ口づけで覆いたくて仕方がない、おまえの香しい花弁、美味なる蕾以外に私を昂らせるものを私は知らない」

 キアラはその言葉にそっと脚を開いた。そこへ、ラシャードの舌が忍び入り――男根に勝るとも劣らない――淫靡で激しい愛撫が始まる。泉はすでに愛液で潤沢に溢れていた。ラシャードは口で秘裂をすっかり覆ってじゅるりとそれを吸い上げ、舌で拭い去った。

「……っ、んぁ…………ぁあ……」

 散々焦らされ、敏感になっていたキアラはラシャードの肉厚な舌が襞に、突起に触れる度にびくんびくんと身体を弾かせた。

 すでにラシャードの手に薔薇は無く、彼は今やキアラの脚の間に秘められた薔薇を堪能していた。指で蜜路を柔らかく刺激し、蜜が流れ出る度に舌を踊らせて花びらを綻ばせる。親指の腹を蕾に当て、くにくにと転がしては強く吸い上げ、根元に優しく歯を立てる。

 やがて悶えていたキアラの細い腰が小刻みに揺れ、小さな鳥のさえずりのような嬌声が絶え間なく響き始めると、ラシャードは抽送する指の動きを速め、キアラの感じる部分を抉り、強烈な刺激を与え続けた。

「やっ……、や……いい…………っ、あ、すごく……いい、の……っ」

 彼は、ぷっくり膨れた蕾を尖らせた舌の先で強く扱いた。おびただしい愛液に手を濡らし、指をきゅうきゅうと締め付ける淫らな内壁に反抗しながら、決して手の動きを止めようとはしなかった。突然、中が蠢くと同時に、キアラの悲鳴が空気を震わせた。

「あっ、あ、あ、ぁ、ぁああああっ!!」

 身体が弓なりに、ピンと伸びた脚のつま先がくっと曲がる。掴んだ絹のシーツの皺がキアラの手中にさらにたぐり寄せられた。絶頂を迎え、愉悦の余韻にふるふると震える花弁に優しく口づけながら、ラシャードも服を脱いでいく。

「ら、シャード……さ……ま……」

 息も絶え絶えに、キアラは恍惚とした眼差しを向けながら右手をラシャードに差し伸べた。彼はキアラの脚の間で身を起こし、その手に指を絡めて握りながら、すでに熱く漲る怒張を襞の間に押し当てる。そして、キアラの腰がぐっと引き寄せられるのと、最奥を突かれるのは同時だった。

 息も詰まるほどの重い快楽の衝撃は、一打だけでは終わらなかった。ずりゅっと中が擦られる感触の次に一打、また一打と連続して穿たれ、その度にキアラは悦びに啼き、ラシャードをもっと奥に誘うように腰に巻き付けた脚に力を込めた。

 彼が大きく腰を引けば熱い幹がぬちゅりと狭い膣壁を逆撫で、そこに目眩を感じるほどの甘い戦慄が生まれる。刹那、力強く再び奥まで貫かれ、狂おしいほどの官能を全身で受け止めたキアラは「ああっ!」っと声を上げ、細い喉を仰け反らせた。

 身体ごと持ち上げられるような激しく速い律動と、肌を打つ音がそれからしばらく続いたが、やがて雷に打たれたような壮絶な快感にキアラは身体を戦慄かせ、達した。それでも、ラシャードはぐったりしたキアラの体を素早く返し、持ち上げた尻にまた容赦なく己を叩き込んだ。

「っ……め………っ、あぁ、いいっ、………んやっ、ン………いっ……ぁ」

 寝台に肩を埋め、顔をシーツに擦り付けながら、身体がバラバラになりそうな愉悦にキアラは陶酔し、嬌声を上げることしかできなかった。

「いいぞ……、キアラ………っ、おまえが私を、締め付け……離さぬのだ………っ」

 熱く息を乱したラシャードの余裕もすでに限界と見え、彼は深々と再奥に突き刺したまま、張り切ったエラでキアラの一番感じる部分を抉るように捻りを加えつつ叩き込んだ。

「……はっ……あ、キア……ラッ!」

 やがて、小さな妻の背中に伸し掛かるように、結合部を密着させたままラシャードはびくびくっと腰を震わせ、煮えたぎる精を吐き出した。

 わずかな間、意識を無くしていたキアラが覚醒した時、彼女は自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。

 視界は乳白色で、体は心地よい気だるさと温もりに包まれ、ふわふわと宙を漂っているようだった。

 不意に体に回された腕が自分を引き寄せるのを感じ、ぴたりと身を寄せていた恋人に顔を覗き込まれる。二人は穏やかな微笑みを交わし合い、キアラはラシャードの、そこに自分を映す琥珀の瞳を真っすぐ見ながら囁いた。

「ラシャード様の腕の中が……楽園に違いないって心から思います……」

 ラシャードはキアラの額に、瞼に、鼻先にキスを落して微笑んだ。

「私の可愛い奥方よ。どこであろうがお前と私、二人で生きる場所こそが楽園なのだ」

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