6. 初夜

悪魔って、もっと怖いかと思ってた。子どもの頃から「悪い子は悪魔にさらわれる」って言われてたし、怖いお話を何度も聞かされていたから。

悪魔は人を惑わし、罪を犯させ、地獄へ落とす。

女を犯し、家畜、子どもをさらい、喰う。

教会に火をつけ、聖職者を誘惑して崖から突き落とす。

人に憑衣して、悪事を働く。

でも、突然私の前に「悪魔」と称して現れたフロリアンは、どこからどう見ても人間の青年の姿かたちで。歳も私よりも少し上……23、4くらい。街でもこんなに綺麗な顔をした男の人はほとんど見ない。肩に着くか着かないか、さらりと削がれた烏の濡羽色の髪、そして同じ色の瞳。真っ直ぐな鼻梁と冷ややかな笑みを浮かべた唇。

一度、悪魔の、ウアルである彼の姿を見たことがあるけれど、怖いとは思わなかった。

ママみたいに私を打つことは無かったし、大声で罵ることもない。

普段の彼も口は悪いけど、むしろ怖いくらいにやさしい。

初めて肌を重ねたときも、そうだった。

私には昔、婚約者と呼べる人がいたけれども、その人とは一度、キスをしただけ。結婚前に肌を合わせるなんてとんでもないことだし。それに、その時はまだその彼のこと、ちゃんと好きかわからないでいた……。キスも、軽く唇を重ねたもので。ちょっと、どきどきはした、けど。

私はフローが好きになってしまった。

悪魔なのに。悪魔だから? 悪魔に惑わされた田舎娘? それでもいい。

だから彼が私を求めた時、「いけない」っていう気持ちよりも、それに応えたいっていう気持ちが溢れて来て。

寝室には黄色い朝日が満ちていた。

フローは横抱きにした私の体をベッドに横たえると、ゆっくりと私のブラウスの紐を解き始めた。明るい光の下で、そんな風に少しずつ服を脱がされていくなんてとっても恥ずかしいことなのに、それよりも、一糸まとわぬフローの美しい体と動きに視線と思考はとっくに奪われてしまっていた。

全てが初めてで、どうしたらいいのかわからない、というのもあった。第一、今まで人と触れ合う機会がなかったのだから。

私はただ、ただ体を固くしてされるがままになっていた。ブラウスから腕を抜かれると、無防備な胸が薄ら寒い空気に震える。彼は私を見下ろしながら満足げに目を細めた。彼はそこで動きを止めずに一枚一枚剥いで行く。そして最後の、小さな下着に手をかけた。

「あっ、だめ……」

腿をすり合わせる。

彼はゆったりとした手つきで私のお腹をくるりと撫でた。ぞわ、と奥で何かが渦巻いて、力が抜けてしまう。

「おまえはオレのものだとわかってるか。大丈夫。おまえにひどいことはしないよ」

するすると布が脚を下りて行って、とうとうすっかり裸にされてしまった。

フローが、見てる。体が熱を帯びて来るのがわかった。思わず顔を逸らした。

「綺麗に、なったな。あの、ガリガリの目ばかり大きかったガキが……」

綺麗だ、なんて一度も言われたことがない。

「嘘。綺麗な女の人は街にもっとたくさんいるもの」

素直になれずに、つい反発してしまう。

「いや、誰よりもおまえが綺麗だ」

にこりともせずに私の言葉をぴしゃりと撥ね退け、そして彼の熱い眼差しが距離を縮める。

唇が、触れ合う。

どうすればいいかわからなくて、きゅっと閉じた私の唇を、フローは『ちゅ、ちゅ』とやさしく啄み始めた。呼吸が、出来ない。息が……苦しい。

「はあっ」

息を吸おうと開けた口の中にぬるりと彼の舌が入って来た。柔らかな質感が、私の舌をすくい取る。唾液をかき混ぜ、擦り合わせる。舌の表面の乳頭がお互いをぬるぬると刺激する。それがもっと欲しくて、フローの舌を追いかける。

キスの仕方なんて、知らない。でも、もっと、もっと欲しい。

ちゅく、ちゅくと唾液の混ざり合う音。フローが時折それをじゅぅって吸い上げる。舌ごと持って行かれそうになって、全身が震えてしまう。

「ふっ……ん、ふぁ……」

私は両腕で彼の首にかじり付いたまま。でも、なんだか変な気分になって、腰がむずむず動いてしまう。固いものがお腹に当たっている。それは少し、私のお腹を濡らした。

彼はそのまま体をずらしながら首筋、鎖骨、乳房に唇を押し付けては吸い上げて行く。肌に受けているはずの淡い刺激は、体の奥にも届いて鼓動がどんどん早くなる。

「あ……っは……ぁん」

彼が両手で乳房を揉み出すと、変な声が出てしまう。

ちゅぷっと乳輪ごと口に含み、舌でころころと頂を転がされると頭の中にも渦が巻く。波に押し上げられるように、背中が自然と反ってしまう。まるで乳房を彼に押し付けるように。そうしている間に、体の中心に違和感を覚えた。何かがくにゅりと侵入して来た。そっと抜き差しされるその感触でそれがやっと彼の指だとわかった。

「くぅ……っ」

「大丈夫だって。力抜いて」

「フロー……悪魔なのにやさしいね。変なの……」

「おまえだからだよ」

あ、締まった……彼が胸から顔を上げて笑う。

「なにそれ。知らない……」

すごく恥ずかしい…………枕に顔を埋めるようにして、彼の視線から逃げた。

彼は双丘にさんざん唾液を塗り、存分に紅いしるしを付けた後、

「おまえの中に入るけど……痛いからな」

已然指でゆっくり中をかき混ぜながら、律儀に断りを入れるフロリアンを可愛いと思ってしまう。

「いいの。痛くしていい……私、あんたの母親を殺したのよ? 罰が当たって当然だわ。あんたがどんなに胸を痛めたか、その痛みに比べたらきっと……」

彼の視線が一瞬鋭く光った。

「オレは痛みなんか感じなかったよ。大体、おまえが今から受ける痛みと、仮にオレが痛みを受けていたとして、それが同じものだと思うのか。人の痛みをそっくりそのまま自分も感じることが出来ると本当に思っているのか? 愚かだな」

答えられなかった。確かに自分が持っている罪の意識は、たとえフロリアンが私に痛みを与えたところで消えるわけではない。私はなんて姑息なんだろう。

「オレは一部始終を見てた。おまえの後ろで。おまえの小さな手が母親の背中を押すところから、その手が離れるところまで。それでもオレは痛みなんか感じなかったよ。オレは悪魔だぜ? 同胞をやられたという悔しさはあっても、痛みなんか感じやしない。だからオレがおまえを痛めつける意味は無いんだよ。そういう趣味も無い」

からだが味わう痛みは単なる現象だ。ある信号にすぎない。

痛みを感じたところでおまえの罪が軽くなるわけではない。覚えておけ。

むしろ、この痛みはオレがおまえを女にしてやる歓びだと思って受け止めろ。

そんなことを言いながら、彼は私の脚を開いて体を沈めた。

「いた……いっ」

大きな異物感を感じてすぐに、引きつれるような痛みが体を襲う。それは出て行かずに、中で留まり、私をいたぶる。ぐいぐいと奥から痛みが昇って来る。痛くて頭が割れそう……何これ……お腹の中がいっぱい……。

脂汗が額に滲む。いや。抜いて。痛い……。呼吸が浅くなる。

「全部入ったけど、狭いから……痛いだろ」

私を上から覗き込む彼の目にはどうしてか、切なさが浮かんでいる。

「ん……」

自分の中に彼が入ったなんて信じられなかったけど、圧迫感とずきずきと鈍い痛みはまだそこにあるし、時折、びくって中から震えが伝わって来る。

「動くから。悪いが、止められない……」

そういったとたん、体に、裂けるような痛みが走った。ずちゅずちゅと激しく中が擦られる。

「っつ……や……っ、や……め」

「だめだ……すごく、いい……」

いたい。いたい……いたいよ………声にならずに、彼の背に爪を食い込ませる。フローは彼自身を入り口近くまで抜き、再び奥に突き刺す行為を繰り返した。それでも、彼の吐息が甘い波を呼び、痛みを少し和らげた。

柔らかく乳房を舐められ、乳首を指先で弾かれる。宥(なだ)めるように顔に、唇にキスの嵐が降って来る。舌を絡ませ合ってると、痛みが疼きに変わった。彼の動きはいよいよ速くなって、とうとう圧迫感が今以上につのった。中でどくん、と彼が溢れた。

「う……ぁっ」

一度奥を突き上げたフロリアンは再び挿入を繰り返し、また小さく呻くのと同時に、びくびくびくっと中で彼が中で暴れた。荒く呼吸をしながら私に伸しかかる彼の重い体を、ぐったりとしたまま受け止めた。

「……まあ、始めから気持ち良くなれ、っていうのも無理な話だからな。オレは十分楽しませてもらったが。これからだんだん慣れて行けばいい。天国を味わわせてやる」

何がおかしいのか、自分の言葉にフローは本当に可笑しそうにくっくっといつまでも笑っていた。

私はまだぼうっとしながら、それでもそんな彼を見ると嬉しさが込み上げて来た。

私を抱きながら、体の線をなぞるように撫でていた彼はふと、思い出したように言った。

「……おまえ、もしかして処女喪失はあいつと、がよかったとか」

あいつ……?

「えっと、ニコライの……こと?」

おまえの口からその名前は聞きたくねーな、と露骨にムッとした顔を見せる。

「……そうだ、って言ったら彼のところに行かせてくれたの?」

彼の胸にぐっと体が引き寄せられる。

「行かせるか、ばーか。おまえはオレから離れるな」

「……うん」

だから、フローも私から離れないでね、とは言えなかった。

悪魔に約束なんて、通用しない。そのうち彼もどこかに行ってしまうに決まっている。

でも、今はフローに抱かれて眠りたい。

脚の付け根はじんじん痛んだけど、それが唯一、私と彼のしるしみたいで嬉しかった。一息大きく彼の香りを吸うと、ゆるゆると体から力が抜けて行く。

あ……まだ、鶏に餌あげてないのに……陽が高くなっちゃう……畑のお水もまだなのに……でも、瞼が重い…………。

何も考えるな。ゆっくり休め。

ずっと頭を撫でているフローの声が、耳に柔らかく響いた。

その後続いた幾夜かは、彼はベッドの中で私を抱きしめ、ありとあらゆるところを濡れた舌と、かたちのいい手、長い指の愛撫で私を絶頂に導いた。でも、無理矢理彼のものを私の中に入れようとはしなかった。

甘く激しい愛撫で私が達した後、彼は大抵私の上に跨がったまま自分で、または、ぐったりと力つきた私の手を導き、猛ったものを握らせ、その上から添えた手で扱(しご)いて、お腹の上に射精した。粘液は熱くて、ねっとりしていたけど、不思議と嫌じゃなかった。

始めて、その固くて熱いごつごつしたものを握らされた時にはさすがにびっくりした。時折びくびくと震えるものを私が包むと、フローの呼吸が妖しく乱れ、あまりにも恍惚とするから、もっと気持ち良くなって欲しくて、すぐに私も、手を使って彼を満足させることが出来るようになった。

それから彼はよく、私を四つん這いにしてお尻を高く持ち上げると、閉じた太腿の間でペニスを挟んで擦り上げた。私の中から溢れ出たおびただしい量の粘液が潤滑油となって、彼の動きをより滑らかにした。襞は彼にまとわり付く。彼が前後に揺れる度にぬちゅり、ぬちゅっと淫靡な音が耳にねっとりと絡む。

あ……なんか、変……。

フロリアンが上に突き上げるように腰を動かし続けると、陰核が擦られてびりびりとそこからものすごい刺激が生まれる。これまで毎晩のように続いた愛撫はその一点にも例外ではなく、彼の舌で、指でほぐされて、小刻みに振動を与えられれば、腰が抜けるかと思うほどのその快感の味を占めていた。実際、腰は抜けずとも、立てなくなるのは毎度のことだった。

「あぁ……っ、そこ……っ」

いつもの様に、蕾から快楽のうねりが湧き出る。それに耐えようとシーツを噛むと、涎がそれを濡らした。腰が自然とフロリアンに合わせて動き出す。

「うん……すっげー、コリコリしてる。勃ってるよ。いいだろ? もっとして欲しいだろ?」

して……欲しい? でも……これ以上されたら……壊れ、ちゃう……きもちよすぎて……でも、なんだか……まだ足りなくって……お腹の奥がきゅんって……してる……もっと……。

フロリアンは已然速度を落とさずに、陰核を刺激し続ける。その皮ごと引っ張られるような強烈な刺激は何度となく背中を電流となって駆け抜けた。

「あ……やぁ……やあ…………」

「なに? 止めて欲しいのか?」

彼の声が降って来るのと同時に、動きが緩んだ。

あ……やめない、で……

「そ、うじゃなくて……ふ、フロー……が、欲しいの……中に……私のなかに、いれて……」

恥ずかしさから彼の顔を直視出来ない。伏し目がちにフローに視線を送る。自分でもわかる火照った頬、口元が涎で濡れているのも構わずに、私は腰を揺らして彼を求めた。欲しくて気が狂いそうだった。

「そろそろだと思ったよ」

フロリアンが片手でお尻を押さえて、待ちわびて戦慄くそこへぬるっとした先端を当てがった。それがずぶりと埋まって行く質感。そこから生まれる快感が波となってぞわぞわと体中に波紋を広げる。軽い痛みは感じたけれど、やがてそれは甘美な痺れに変化して行く。

浅く、深く。幾度となく繰り返されるリズミカルな抽送が一突きごとに確実に高みに突き上げて行った。

その抽送はやがて奥へ奥へと一点を集中して突き始める。

「ん……くっ……苦しい、よぉ……」

根元まで飲み込んだ自分の膣内は、フロリアンのものでいっぱいだった。肉壁がぐちゅぐちゅと擦られるたびに、目眩を感じた。それでも自分の意思とは関係なく、中はきゅうきゅうとフロリアンを吸い上げている。

「んはぁ……っ……あっ……やっ……フロー…………やっ……変……へんなのぉ……やっ……こわい……や、ぁ……っ」

やあああああんっ!!

全身が痙攣した。息も出来ずに、頭の中が真っ白になった。

フロリアンが埋まっている中心が焼けるように熱い。

初めて、彼のものでイク感覚。体がバラバラになりそうで、それでも満ち足りていて。

やっと体が落ち着いた頃、なんだかものすごく怖くなった。後ろから抱きしめられているのにも関わらず、迷い子のような寂しさが襲う。

「フロー、フロー……いる? そこにいるの? 顔を……見せて……」

腕の中でもがきながら慌てて体の向きを変えた目の前に、フロリアンが穏やかな笑みをたたえていた。

「そんなに慌てなくても、オレは逃げないよ」

心の中、見られてるみたい。

恥ずかしさに目を伏せ、私は言葉を継いだ。

「あのね……あのとき、私も食べられちゃえば良かった、って今でも思うの。そうしたらママもパパももっと生きれたかもしれない……」

「じゃあ、ヘンゼルは? おまえだけ喰われたらもう苦しい思いしなくていいとか思った? 自分は何も見ることも無い、感じることもない……おまえ、ずるいな。卑怯物め。ますます気に入った……オレがおまえを喰ってやる。オレに喰われてその快楽を味わえ。おまえが卑しい心の持ち主であることをさらけ出せ。そして全てをさらけ出すことの快楽に堕ちて行け……」

冷笑を浮かべてそう言うと、彼は再び私に覆い被さり、唇を塞いだ。

慣れない口づけは、まだ苦しい。ぬるりと入って来た舌に翻弄されているうちに、息をすることを忘れてしまう。くねくねと口内を犯されると、頭がぼうっと痺れて来る。やがて口いっぱいに捩り込まれる暖かくて濡れた彼の舌に、本当に息が詰まりそうになる。

「ん……っ、ふ……ぅんっ……」

それでも彼の舌を受け、ひたすら追う。彼はキスを堪能すると、乳房の頂で寄り道をした後、唾液の線をお腹に引きながら蜜を吸いに行く。

そして脚の間でくぐもった声で言う。

「いい味だ。うまいよ、グレーテル。もっと滴らせればいい。オレが全て吸い尽くしてやる」

すでに彼を中で味わうことを覚えた体は、何度も何度も彼に与えられるままに応えた。フロリアンと私の荒く乱れる吐息が重なり、散る。自分が出しているって信じられないような艶めいた声が絶えず洩れでてきた。

それを聞いたフロリアンは本当に嬉しそうに私を見下ろして、何度も何度も「可愛いオレのグレーテル」と言った。私は快楽で溢れる涙を止められない。彼の髪に手を差し入れ愛撫する。

こうして私の身も心も悪魔にさらわれてしまった。そう思うと、やっぱり私は悪い子だったんだ、って思う。

【完】

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